った。何だか物体の出入を許さないような趣があった。しかし目ならば、すなわち精神ならば、自由に出入を許すらしかった。また恐らくそういうつもりでこしらえられたのであろう。鉄格子の少し先にブリキ板が壁にはめ込んであって、泡匙の穴よりもっと小さな穴が無数にあけられていた。そのブリキ板の下の方には、郵便箱の口にそっくりの穴が開いていた。呼び鈴のついた平ひもが、鉄格子口の右の方に下がっていた。
そのひもを動かすと、鈴が鳴って、びっくりするほどすぐそばに人の声がする。
「どなたですか?」とその声は尋ねる。
それは静かな女の声で、あまり静かなので悲しげに響くほどだった。
そこでなお、魔法的な合い言葉を一つ知っていなければならなかった。もしそれを知らないと、声は黙ってしまって、壁の向こうには墓場のすごい暗黒がたたえてるかと思われるほどひっそりしてしまうのである。
もしその合い言葉を知っていると、向こうの声が答える。
「右の方へおはいりなさい。」
窓と向い合って右手の方に、ガラスのはまった天窓がついてる灰色塗りのガラス戸があった。※[#「金+饌のつくり」、第4水準2−91−37]《かきがね》をあげて扉《とびら》を開き、中にはいると、まだ格子戸《こうしど》がおろされず大ランプがともされてない劇場の箱桟敷《はこさじき》にはいったのと同じ印象を受けるのだった。それは実際一種の劇場の桟敷で、ガラス戸から弱い明るみがほのかにさしており、二つの古椅子《ふるいす》と編み目の解けた一枚の蓆《こも》とが狭い中に置いてあり、肱《ひじ》の高さの前の口には黒木の板がついていた。そしてまた格子もあったが、ただそれだけはオペラ座のように金ぴかの木の格子ではなく、握り拳《こぶし》のような漆喰《しっくい》で壁に止めてある恐ろしい鉄格子だった。
ややあって、その窖《あなぐら》のような薄明りに目がなれてきて、格子の向こうを透かして見ようとしても、五、六寸より先は見えなかった。五、六寸先に、茶っぽい黄色に塗られた横木で固められてる黒い板戸の垣《かき》があった。薄い長片をなしてるそれらの板戸はきっかり合わさっていて、格子の幅だけを全部おおい隠していた。それはいつも立て切ってあった。
しばらくすると、その板戸の後ろから呼びかけてくる声が聞こえる。
「私はここにおります。何の御用でございますか。」
それはかわいい
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