面は、その全部が一種の大きな見すぼらしい門みたいになっていた。それは縦に多くの板をよせ集めたぶかっこうなもので、上の方の板は下の方のものより広く、皆横に打ちつけた長い鉄の箍《たが》で止めてあった。その横の方に、普通の大きさの正門があって、こしらえられてから明らかに五十年とはたっていないらしかった。
一本の菩提樹《ぼだいじゅ》の木がその切り取られた壁の断面の上から枝をひろげており、またポロンソー街の方では壁の上に蔦《つた》がいっぱい絡《から》みついていた。
さし迫った危険のうちにあることを感じたジャン・ヴァルジャンは、その薄暗い長屋が何となく人気なくひっそりしているのに心ひかれた。彼は急にその長屋を見回した。もしその中にはいることができたらたぶん助かるだろうと思った。彼はまずそういう考えと希望とを得た。
ドロア・ムュール街に面するその建物の正面の中ほどには、鉛の古い漏斗形《ろうとがた》の鉢《はち》がどの階の窓にもついていた。そして中央の管から分かれてその鉢の各へ通じてる種々な管の枝が、建物の正面に木の枝のように浮き出ていた。そのたくさんの節を持った管の枝は、昔の農家の正面によじれからんでる刈り込まれた古いぶどうの蔓《つる》をまねたものであった。
ブリキや鉄などの枝のついたそのおかしな壁果樹が、最初にジャン・ヴァルジャンの目にとまった。彼はコゼットを車除石に背をもたしてすわらせ、黙っているように命じて、それから管が地面についてる所へ走っていった。たぶんそこから登って家の中にはいり込む方法があるだろうと思ったのである。しかし管は古くなっていて役に立たず、ほとんど壁から離れてぐらぐらになっていた。その上静まり返った建物の窓はどれも皆、屋根裏の窓でさえ、大きな鉄の格子《こうし》がはまっていた。それからまた、月の光はその正面にいっぱいさしていて、そこを乗り越えようとすれば、街路の端で見張りをしてる男に見付かる恐れがあった。それからまたコゼットをどうすればいいか? 四階の高さの家までどうして彼女を引き上げられよう。
彼は管についてよじのぼる考えをやめて、ポロンソー街の方へ戻るために壁に身を寄せてはってきた。
コゼットを残しておいた壁の断面の所まできた時、そこはだれからも見られないことに彼は気づいた。前に説明したとおり、そこはどちらから見ても見えないようになっていた。そ
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