だけの注意をとったものと見える。それらの推測は的確な形をとって、突然の風に一握りのほこりがまい上がるように、ジャン・ヴァルジャンの痛ましい脳裏ににわかに渦巻き上がった。彼はジャンロー袋町をのぞいてみた。そこは行き止まりになっている。彼はピクプュス小路をのぞいてみた。そこには見張りの男がいる。月の光に白く輝いてる舗道の上に黒く浮き出してるその忌まわしい姿を彼は見た。前に進めば、その男の手に落ちる。後ろに退けば、ジャヴェルの手中に身を投ずることになる。ジャン・ヴァルジャンは徐々にはさまってくる網のうちにとらえられてるような気がした。彼は絶望して天を仰いだ。
四 逃走の暗中模索
次のことをよく理解せんには、ドロア・ムュール街の正確な観念を得ておかなければならない、そして特に、ポロンソー街からドロア・ムュール街へはいってゆく左手の角《かど》をよく知っておかなければならない。ドロア・ムュールの小路は、ピクプュス小路に出るまで、右側にはほとんどすべて貧しい外見の人家が並んでいた。左側には何軒にも分かれてるいかめしい線の長屋が建っていて、ピクプュス小路に近づくに従って一階二階としだいに高くなっていた。それでその長屋は、ピクプュス小路の方ではきわめて高くなっていたが、ポロンソー街の方ではかなり低かった。そして前に言ったその角の所では、ただ一つの壁だけの高さにまで低まっていた。その壁はきっかり街路に接していなくて、ごく引っ込んだ一断面をなしていたので、ポロンソー街とドロア・ムュール街と両方から見る者があっても、その二つの角にさえぎられて見えないようになっていた。
その切り取られた断面の両方の角から出ると、ポロンソー街の方では、四十九番地という表札のある一軒の人家まで壁が続いており、ドロア・ムュール街の方では、壁はずっと短くて、前に言った薄暗い長屋の所まで行っていて、その切阿《きりづま》を切り取り、そうして街路にまた新たな引っ込んだ角をこしらえていた。その切阿は陰気なありさまをしていて、ただ一つの窓、なおよく言えばトタン板を被《き》せた二枚の雨戸きりついていないで、それも常にしめられていた。
われわれがここに描いてるこの場所のありさまは、厳密に正確であって、この一郭に昔住んだことのある者の頭には、必ずやごくはっきりした記憶を呼び起こすであろう。
壁の切り取られた断
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