《じんぶつ》になったところで、たった一つの歌もつくれやすまい。」
クリストフはむっ[#「むっ」に傍点]とした。
「つくろうと思《おも》っても……」
「思《おも》えば思うほど出来《でき》なくなるんだ。歌をつくるには、あの通りでなくちゃいけない。おききよ……」
月は野の向こうに昇《のぼ》って、まるく輝《かがや》いていた。銀色《ぎんいろ》の靄《もや》が、地面《じめん》とすれすれに、また鏡《かがみ》のような水面《すいめん》に漂《ただよ》っていた。蛙《かえる》が語りあっていた。牧場《まきば》の中には、美しい調子《ちょうし》の笛《ふえ》のような蟇《がま》のなく声が聞えていた。蟋蟀《こおろぎ》の鋭《するど》い顫《ふる》え声は、星のきらめきに答《こた》えてるかのようだった。風《かぜ》は静《しず》かに榛《はん》の枝《えだ》をそよがしていた。河の向こうの丘からは、鶯《うぐいす》のか弱い歌がひびいてきた。
「いったいどんなものを歌う必要《ひつよう》があるのか?」ゴットフリートは長い間|黙《だま》っていてから、ほっと息《いき》をしていった。――(自分《じぶん》に向かっていっているのか、クリストフに向かって
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