は、古風な教養を経てもなお民衆から離れずに、民衆とともに同じ生活の書物を読んでいる、独学者らの手になった作品である。
 クリストフはそれらの人々に同感をもった。彼らは実際を重んじて外見を飾らなかったし、ゲルマン的アメリカ的産業主義の新しい外皮の下は、田園的で中流的な旧ヨーロッパのもっとも安穏な特質をまだかなりそなえていた。クリストフは彼らのうちに二、三の親しい友をこしらえた。みな善良で真面目《まじめ》で忠実であって、過去を愛惜しながら孤独な生活をしてる人だった。一種の宗教的宿命観とカルヴァン式悲観とをもって、古きスイスが徐々に消滅するのをながめてる、陰鬱《いんうつ》な偉大な魂の人々だった。クリストフは彼らとめったに会わなかった。彼の古傷は外面は癒着《ゆちゃく》していたけれど、きわめて深い傷でまだすっかり癒《い》えていなかった。そして彼は人と交渉を結ぶのを恐れていた。愛情や苦悩の鎖にふたたびつながれるのを恐れていた。多数の外国人中のまた外国人として一人離れて暮らしやすいこの国で、彼が安らかな気持を覚えたのも、多少は右の理由からであった。そのうえ、彼は同じ場所に長くとどまることはまれだった
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