のものばかりである。
 そして彼らは、主人公たるこの民衆の生活については、少しも知るところがない。彼らは夢にも知らない、数世紀来この民衆のうちに蓄積されてる精神力と公民の自由との量を、なお灰の下で燃えてるカルヴァンやツウィングリの大火の炭火を、ナポレオン式共和国がいつまでも知り得ない強固な民主的精神を、制度の簡単さと社会事業の広範さとを、未来のヨーロッパの縮図たる西欧三大種族からなるこの連邦によって、世界に与えられてる実例を。そして彼らのさらに知らないでいるところのものは、この堅い樹皮の下に隠れてるダフネ、ベックリンの閃々《せんせん》たる粗野な夢、ホドラーの荒くれた勇武、ゴットフリート・ケルレルの清朗な温厚さと生々《なまなま》しい率直さ、偉大なる楽詩人シュピッテラーの巨人族的叙事詩やオリンポス的光輝、俗間の大祭典の溌溂《はつらつ》たる伝統、剛健な古木に働きかける春の精気など――すべて、時としては野生の堅い梨《なし》のように人の舌を刺すものであり、時としては青黒い苔桃《こけもも》のような甘っぽい空疎な味であるが、しかし少なくとも大地の匂《にお》いをもっている、まだ若々しい芸術である。それ
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