彼らはごく仲がいいらしかった。娘は父親の腕におとなしくよりかかっていた。クリストフはうっかりしてはいたけれど、やはりきれいな顔は眼についたので、その娘の顔に心がひかれた。彼はレヴィー・クールのことをこう考えた。
「仕合わせな畜生だ!」
しかしまた慢《ほこ》らかに考え添えた。
「俺《おれ》にも娘がいる。」
そして彼は両者を比較してみた。もとより依怙贔屓《えこひいき》によってオーロラのほうをすぐれてると思ったが、そういうふうにして比較してるうちに、たがいに知りもしない二人の娘の間に、架空の友情を頭の中で組み立てるようになり、それからまた自分では気づかなかったが、レヴィー・クールに近づく気持になっていった。
ところがドイツからもどってきて彼は、「小羊」が死んだことを知った。彼の父親的利己心はすぐにこう考えた。
「もしこれが俺の娘だったら!」
そして彼はレヴィー・クールにたいする深い憐愍《れんびん》の念に駆られた。初めは手紙を書こうとした。二度も書きかけた。しかし満足がゆかなかった。嫌《いや》な恥ずかしさを感じた。そして手紙は出さなかった。しかし数日後、レヴィー・クールにまた出会って、そのやつれた顔をみると、辛抱ができなかった。まっすぐに進み寄っていって、両手を差し出した。レヴィー・クールのほうでも、なんら理屈なしにその手を握った。クリストフは言った。
「不幸だったそうですね!……」
その感動の様子はレヴィー・クールの心に沁《し》み通った。そして言い知れぬ感謝の念を覚えた……。二人は悲しい取り留めのない言葉をかわした。そのあとで別れたときには、二人を隔てていたものはもう何も残っていなかった。二人はたがいに戦ってはきた。それはもとより致し方ないことだった。人はそれぞれ自分の天性の掟《おきて》を果たすべきである。しかし悲喜劇の終わりが来るのを見るときには、仮面としていた熱情を脱ぎ去って、たがいに顔と顔とを見合わす――そしてたがいに大して優劣のない二人の者は、自分の役目をできるかぎりよく演じてきたあとに、握手をし合う権利をまさしくもっている。
ジョルジュとオーロラとの結婚は、春の初めに決定していた。クリストフの健康はずんずん衰えていった。彼は子供たちから不安な眼でながめられてることに気づいた。あるとき彼は二人が小声で話してるのを聞きとった。ジョルジュは言っていた。
「ほんとに顔色が悪い! 今に病気になられるかもしれない。」
オーロラは答えていた。
「そのために私たちの結婚が遅れるようなことにならなければよいけれど!」
彼はそれを当然のことと思った。憐《あわ》れな子供たちよ! どうあっても彼らの幸福の邪魔となるものか!
しかし彼はずいぶん不注意だった。結婚の前々日――(彼はその数日間おかしなほどそわそわしていた。あたかも自分が結婚でもするようだった。)――ずいぶん馬鹿げたことをやって、また昔からの病気にかかってしまった。宿痾《しゅくあ》の肺炎が再発したのであって、広場の市[#「広場の市」に傍点]時代からかかり始めたものだった。彼は自分を馬鹿だとした。結婚が済むまでは倒れないぞと誓った。死にかかったグラチアが、音楽会の前日に、仕事や喜びから彼の気を散らさせないようにと、自分の病気を知らせなかったことを彼は思い浮かべた。そして今や、彼女が自分にしてくれたとおりのことを彼女の娘に――彼女に――してやるという考えが、彼を微笑《ほほえ》ました。それで彼は病気を隠した。終わりまでもち堪えるのは困難だったけれども、二人の子供の幸福を非常に喜んでいたので、長い宗教上の儀式をしっかりと堪えることができた。そしてコレットの家へもどるや否や、我にもなく力がつきてしまった。ようやく一室に閉じこもるだけの余裕しかなかった。そして気を失った。一人の下男が気を失ってる彼を見つけた。クリストフは我に返ったが、その晩、旅に出る新婚の二人へは、それを知らせることを禁じた。二人は自分のことばかりに気を奪われていて、他のことは何にも気づかなかった。二人は明日……明後日……手紙を上げると約束しながら、快活に彼と別れた。
二人が出発してしまうとすぐに、クリストフは床についた。熱が出てもう下がらなかった。彼は一人きりだった。エマニュエルも病気で来ることができなかった。クリストフは医者を迎えなかった。心配な容態だとは思っていなかった。それに、医者を呼びにやる召使もいなかった。毎朝二時間ずつやって来る家政婦は、彼に同情を寄せていなかった。そのうえ、彼はその世話をもなくしてしまうようなことをした。彼女が室を片付けるときには、紙類にさわらないようにと彼は幾度も頼んでおいた。彼女は強情だった。今や彼が枕《まくら》から頭が上がらなくなったので、自分の思いどおりにする時機が来たの
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