を彼らに理解させようとは願わなかった。自分と同じように考えながら自分の思想を是認してもらうことを、彼は他人に求めなかった。自分の思想については自分で確信をもっていた。他人にたいしては知るべき別な思想を求め、愛すべき別な魂を求めていた。常にますます愛しますます知りたかった。見てそして見ることを学びたかった。ついに彼は、昔自分が攻撃した精神傾向を他人のうちに是認したばかりでなく、それを享楽するまでになった。なぜなら、それは世界の豊饒《ほうじょう》に貢献するところがあるようだったから。ジョルジュが彼と同じように人生を悲劇だとは思っていないにしても、彼はやはりますますジョルジュを愛していた。彼が身を護《まも》ってきた精神的|真摯《しんし》さや勇壮なる自制を、もし人類が一様にまとっていたら、人生はあまりに貧弱になりあまりに色彩に乏しくなるだろう。喜悦、無頓着《むとんじゃく》、あらゆる偶像にたいする不敬な勇気、もっとも神聖なる偶像にたいしてまでも不敬な勇気、それを人生は必要としてるのだった。「世界を活気づけるゴールの[#「世界を活気づけるゴールの」に傍点]辛辣《しんらつ》」こそ祝すべきかなである。懐疑も信念も共に必要である。懐疑は昨日の信念を滅ぼして、明日の信念の場所をこしらえるのである……。美しい画面にたいするように、人生から少し遠のいて、近くで見ればたがいに衝突してる種々の色彩が、玄妙な調和のうちに融《と》け合うのを見る者にとっては、いかにすべてが光り輝いてることだろう!
クリストフの眼は、精神界とともに物質界の無限の多様さにたいしても開かれていた。それはィタリーへ初めて旅したときからの獲物《えもの》の一つであった。パリーで彼はことに画家や彫刻家と交際を結んだ。そしてフランス人の天才のもっともよきものは彼らのうちにあることを見出した。彼らが物の動きを追求し、震える色を瞬間にとらえ、人生がまとってる覆面をはぎ取ってる、その堂々たる大胆さは、人の心を愉快の念で躍《おど》り立たせるほどのものがあった。見ることを知ってる者にとっては、光の一滴も無尽蔵な豊富さを有するのである。精神のかかる崇厳な愉悦に比ぶれば、論争や戦争のいたずらな騒擾《そうじょう》がなんであるか?……しかしそれらの論争やまた戦争も、霊妙なる光景の一部をなしてるのである。すべてを抱擁しなければいけない。われわれの心の熱しきった熔炉《ようろ》の中に、否定する力と肯定する力とを、敵と味方とを、人生のあらゆる金属を、嬉々《きき》として投げ入れなければいけない。そしてすべての帰着は、われわれの内部に作り出さるる立像にある、精神の崇高な果実にある。その果実をますます美《うる》わしからしむるものは、たといわれわれを犠牲となしてそうするものも、みな善《よ》きものと言うべきである。創造する主体が何になるものぞ。ただ創造さるるもののみが現実である……。われわれを害せんとしてる敵よ、諸君の攻撃もわれわれには達しないであろう。われわれは諸君の打撃を超越しているのだ……。諸君は中身のない外皮に噛《か》みついている。しかし予は久しい前にそれから抜け出しているのだ。
彼の音楽上の製作は晴朗な形をとっていた。それはもはや、以前にしばしば寄り集まり破裂し消え失《う》せたあの春の夕立雲ではなかった。それは真夏の白雲であり、雪と黄金との山であり、徐々に飛翔《ひしょう》して空を満たしてる光の大鳥であった……。創造よ。八月の静かな日光に熟してゆく作物よ……。
初めはまず、漠然《ばくぜん》たる力強い無我の境。鈴なりの葡萄《ぶどう》の房《ふさ》の、ふくれ上がった麦の穂の、熟した果実を孕《はら》んでる妊婦の、朧《おぼ》ろなる喜び。大オルガンのとどろき。底のほうで、蜜蜂《みつばち》が歌ってる蜜房……。秋の柔らかい光のようなその薄暗い金色の音楽から、音楽を導く節奏《リズム》がしだいに浮き上がってくる。遊星のロンドが姿を現わす。それが回転する……。
すると、意志が現われる。意志は、嘶《いなな》きつつ通りかかる夢想の臀《しり》に飛び乗って、それを両|膝《ひざ》でしめつける。精神は、おのれを引き込む節奏《リズム》の規則を認める。そして不規則なもろもろの力を統御して、それに一定の道を定めてやり、またおのれの行くべき目標を定める。理性と本能との交響曲が組織される。影は明るくなる。展開してゆく長い一筋の道の上に、一行程ごとに輝ける光点が印せられる。そしてその光点自身は、創造される作品のうちにおいては、太陽系の囲郭につながれたる小さな遊星の世界の、中核となるであろう……。
画面の重《おも》なる線はここに至って決定する。そして今や全体の顔貌《がんぼう》が模糊《もこ》たる曙《あけぼの》から浮き出す。すべてが明確になる、色彩の調和も形
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