ル塔のように、古典的伝統の不滅の燈火が、平野を見おろしながら遠くに輝いていた。この伝統は、労苦と光栄との幾世紀かによって得られたもので、手から手へ代々伝えられて、人の精神を屈服させることも束縛することもなしに、各時代がたどりきたった道を指示してやり、その光明の中で民衆全体の心を相通わしめていた。一つならずのドイツの精神は――闇夜《やみよ》のうちに迷った鳥は――この遠い照燈のほうへ一直線に飛んできていた。しかしフランスにおいては、隣国民の多くの寛大な心をフランスのほうへ向けさせるその同感の力に、だれか気づいてる者があろうか! その政治上の罪悪には少しも責任のない、多くの公正なる手が差し出されているのだ……。しかもそれらドイツの同胞たちも、彼らに向かってつぎのように言うフランスの同胞たちを認めていない。「さあ握手をしよう。幾多の虚言や憎悪があるにもかかわらず、われわれは少しも離れることがないだろう。われわれの民族を偉大ならしむるために、僕たちには君たちが必要であり、君たちには僕たちが必要である。われわれは西欧の両翼である。一方の翼が破れるときには、他方の翼も飛ぶことができなくなる。戦争が起こるならば起こるがよい。たとい戦争をもってしても、われわれの握手とわれわれ同胞の才知の飛躍とは、けっして断たれることがないだろう。」
 そういうふうにクリストフは考えていた。両民衆がいかほどたがいに補い合ってるか、その精神や芸術や行動は、たがいの援助を欠くときにいかほど不具に跛足になるか、それを彼はよく感じていた。両文明が合流してるライン河のほとりに生まれた彼は、早くも幼年時代のころから、両者結合の必要を本能的に感じていた。そして生涯《しょうがい》の間彼の天才の無意識的な努力は、力強い両の翼の平衡均勢を維持することに向けられていた。彼はゲルマン的な夢想に富めば富むほど、ラテン的な秩序と精神の明晰《めいせき》とをますます要求した。それゆえフランスは彼にとって非常に貴重なものだった。彼はそこでおのれをよりよく知りおのれを支配するの喜びを味わった。ただフランスにあってのみ彼はまったくの彼自身であった。
 彼は自分を害せんとする分子にも不平を言わなかった。彼は自分の精力と異なった精力をも同化していた。強壮な精神は、健やかであるときには、あらゆる力を吸収し、自分と反対の力をも吸収する。そしてそれを自分の肉となす。人はある時期に達すると、自分にもっとも似寄らないものにもっとも心をひかれる。なぜなれば、そこにより豊富な食糧を見出すからである。
 実際クリストフは、自分の敵だとされてるある種の芸術家らの作品にたいして、自分の模倣者らの作品にたいするよりもより多くの悦《よろこ》びを覚えた。――彼にもやはり模倣者どもがいて、彼の弟子だと自称しながら彼をひどく絶望さした。それはみな善良な青年で、彼を深く崇拝していて、勤勉なりっぱな人物で、各種の美質をそなえていた。クリストフは彼らの音楽を愛したかったが、しかし――(あいにくなことには!)――愛するわけにゆかなかった。それらの音楽をつまらないものだと思った。そして彼は、個人的には彼に反感をもち、芸術上では彼と反対の傾向を代表してる、ある音楽家らの才能に、はるかに多く心ひかれた……。反対であろうと構うものか! 彼らは少なくとも生きてるではないか!……生はそれ自身一つの美徳であって、その美徳を欠いている者は、たとい他のあらゆる美徳をそなえていても、完全に正しい人間とはなれないのである。なぜならその者は完全に人間ではないから。クリストフはよく冗談に、自分を攻撃する人々をしか弟子とは認めないと言った。そして、若い音楽家が自分の音楽的|天稟《てんぴん》を話しに来て、彼の同情をひくつもりで彼に諛《へつら》うと、それに向かって尋ねた。
「それでは、君は僕の音楽に満足してるのですか。君は僕と同じ方法で、自分の愛や憎悪を表現するつもりですか。」
「そうです。」
「そんならもう黙り込んでしまうがいいでしょう。君には何も言うべきものがないはずです。」
 服従せんがために生まれた従順な精神を嫌悪《けんお》し、自分の思想と異なった思想を吸いたいために、彼は自分の観念とまったく反対の観念を有する人々のほうへひきつけられた。彼の芸術や理想主義的信念や道徳的概念などを死文に等しく思ってる人々に、彼はかえって加担してるがようだった。そういう人々は、人生や愛や結婚や家庭や、あらゆる社会関係にたいして、彼と異なった見方をしていた。もとより善良な人々ではあったが、しかし精神的進化の他の時代に属してるようだった。クリストフの生の一部を食い荒らした苦悶《くもん》や懸念などは、彼らには理解できがたかった。もちろん彼らにとってはそのほうが結構である! クリストフはそれ
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