のほうのオーロラは、十一歳になっていたが、母親に似寄っていた。母親ほどきれいではなくて、やや田舎者めいた活気をそなえていた。かすかに跛をひいていた。やさしい快活ないい娘で、すぐれて身体が丈夫で、多くの善意をもち、怠惰の天性を除いては、生まれつきの才能は少なく、何にもしないことが大好きだった。クリストフはこの娘を非常にかわいがった。グラチアと並べて彼女を見ながら、一人の者の両年齢期を、二つの時代を、一時に見てとるという楽しみを味わった……。それは同じ一つの茎から出た二つの花である。レオナルドの聖なる家族[#「聖なる家族」に傍点]、聖母と聖アンナ、同じ微笑の二つの色合いである。一つの女の魂から咲き出た花の全体が、一目で見てとられるのである。そしてそれは美しいとともにまた物悲しい。なぜなら、それが移り過ぎるのが見てとられるから。……熱烈な心をもってる者にとっては、同時に二人の姉妹を、あるいは母と娘とを、熱い清浄な愛で愛するのは、きわめて自然なことである。クリストフは自分の愛する女を、その一連の全種族においても愛したかった。彼女の微笑のおのおのは、その涙のおのおのは、その親愛なる頬の皺《しわ》のおのおのは、それぞれ一つの存在ではなかったろうか。この世の光に彼女が眼を開かない前の一つの生命の、名残りではなかったろうか。やがて彼女の美しい眼が閉じるときに現われて来る一人の者の、告知者ではなかったろうか。
男の子のリオネロは、九歳になっていた。姉よりもずっときれいで、はるかにそしてあまりに繊細すぎる貧血し疲憊《ひはい》した類型に属していて、父親に似寄っていた。彼は怜悧《れいり》で、悪い本能に富み、甘ったるい調子で、感情を外に現わさなかった。大きな青い眼、娘のような長い金髪、蒼白《あおじろ》い顔色、弱々しい胸部、病的なほど神経質だった。そして生まれながら役者的才能をもち、とくに人の弱点を見つけるのに不思議なほど巧妙だったので、時とするとその神経質をうまく使っていた。グラチアは彼をことにかわいがっていた。それは弱い子供にたいする母親の自然の偏愛からだった――がまた、善良で誠直な女が善良でもない息子《むすこ》にひかされる情からでもあった(というのは、そういう女がみずから抑圧してきた一部の生活は、そういう息子のうちで慰安されるからである。)それからまた、夫に苦しめられ享楽され、夫をおそらく軽蔑《けいべつ》したろうがしかもまた愛してきた女の、その夫にたいする追憶の念も加わってくる。それは実に、人の識域下の薄暗いなま温かい温室の中に萌《も》え出る、魂の麻酔的な花である。
グラチアは二人の子供に平等に愛情を注ごうと注意していたけれど、オーロラはその愛情の差を感じて、いくらか苦しんでいた。クリストフは彼女の心を察し、彼女はクリストフの心を察していた。そして二人は本能的に接近していった。それに反して、クリストフとリオネロとの間には一つの反感があった。それを子供のほうでは、舌ったるいかわいげな様子を誇張して包み隠していたし、クリストフのほうでは、恥ずべき感情としてみずからしりぞけていた。彼は強《し》いて自分を押えつけた。愛する女の子としてその子をもつことが非常に楽しいことででもあるかのように、その他人の子をかわいがろうとつとめた。リオネロの悪い性質を、「あの男」を思い出させるようなものを、すべて認めたくなかった。リオネロのうちにグラチアの魂だけを見出そうと骨折った。しかるにグラチアはクリストフよりいっそう明敏だったから、息子の上になんらの幻をもうち立ててはいなかった。そしてはますます息子を愛するばかりだった。
そのうち、数年来リオネロのうちにきざしかけた病気が突然発した。結核病が現われた。グラチアは彼とともにアルプス山中の療養院へ行こうと決心した。クリストフは同行を求めた。彼女は世評を慮《おもんぱか》ってそれを断わった。彼は彼女がひどく因襲を重んじてるのがつらかった。
彼女は出発した。娘はコレットのところに残していった。そして、人間の屑《くず》どもの上に平然たる顔をそばだててる非情な自然の中にはいり、自分の病苦のことばかり言ってる病人らの間に交わると、彼女はやがて恐ろしく孤独な心地がした。それらの不幸な人々は、手に痰壺《たんつぼ》をもって、たがいに様子を窺《うかが》いながら、相手のうちに死期の迫るのを見守っていた。そういう悲しい光景をのがれるために、彼女はパラースの病院を去り、小さな山荘を一つ借りて、そこに病気の子供と二人きりで住んだ。リオネロの容態はよくなるどころか、高地のためにかえって重くなった。熱がいっそう高まった。グラチアは心痛のうちに夜々を過ごした。クリストフは彼女からなんらの知らせも受けなかったけれど、鋭くなった直覚力で遠くからそれを感じ
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