は、もう子供を引き止めようとはしなかった。彼女自身も特殊な危険を通っていた。あまり自分のことばかりにとらわれて、子供のほうへ心を配る余裕がなかった。
 自分の結婚とオリヴィエの生活とを破壊したあの悲しむべき暴挙以来、ジャックリーヌはごくりっぱな隠退的な生活を送っていた。パリーの社交界は、偽善家ぶって彼女を排斥した後、ふたたび彼女へ握手を求めてきたが、彼女はそれをしりぞけて、一人離れて立っていた。彼女はそれらの連中に向かっては、自分の行動を少しも恥ずかしいとは思わなかった。彼らにたいして引け目があるとは考えなかった。なぜなら彼らは彼女より下等だったから。彼女が率直に実行したようなことを、彼女の知ってる大半の女たちは、家庭の庇護《ひご》のもとにこっそり行なっていた。彼女はただ、自分のもっともよい友にたいして、自分の愛したただ一人の者にたいして、どういう害を加えたかということだけを苦しんだ。かくも貧弱な世の中において彼がような愛情を失ったということを、彼女はみずから許しがたく思った。
 そういう後悔や苦しみは、少しずつ薄らいでいった。今はただ、ひそかな悩みと、自分および他人にたいする気恥ずかしい蔑視《べっし》と、子供にたいする愛とだけが、なお残ってるばかりだった。愛したい欲求がことごとく注ぎ込まれてるその愛情のために、彼女は子供にたいしてまったく無力となった。彼女はジョルジュの気紛れに逆らうことができなかった。自分の気弱さを弁解するためには、オリヴィエにたいする罪をこれで償ってるのだと考えた。激しい愛情の時期と懶《ものう》い冷淡の時期とが交々《こもごも》やってきた。あるいは落ち着かない気むずかしい愛情でジョルジュを飽かせることがあったし、あるいは彼に飽きはてたがようにそのなすままに任せることがあった。彼女は自分がよくない教育者であることを知っていて、それを苦にしたが、しかし何一つやり方を変えなかった。行為の原則をオリヴィエの精神に合致させようとしても(それもごくまれにしか試みなかったが)、結果はあまりあがらなかった。そういう道徳上の悲観主義は、彼女にもまた子供にも適しなかった。要するに彼女は、愛情の権力以外の権力を子供にたいしてもちたくなかった。そしてそれは誤りではなかった。なぜなら、この二人はいかにも似寄ってはいたけれど、その間には心よりほかの繋《つな》がりはなかった。
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