ジョルジュ・ジャンナンは母の肉体に魅せられていた。彼女の声や身振りや動作や容色や愛撫《あいぶ》を好んでいた。しかし精神的には彼女と別人であることを感じていた。彼女がそれに気づいたのは、彼が初めて青春の気にそそられて彼女から遠く逃げ出したときにであった。そのとき彼女は驚きまた憤って、彼が自分から遠ざかったのは他の女の影響のせいだとした。そうしてその影響をへまに追いのけようとしながら、ますます彼を遠ざけるばかりだった。が実際においては、二人はやはり相並んで生活をしていて、どちらも異なった事柄に心を奪われてはいたが、しかし皮相な同感や反感をたがいに通じ合っていて、二人を隔ててる事柄をよく見てとってはいなかった。そしてそういう感情の共通からは、子供(まだ女の香《かお》りに浸ってる模糊《もこ》たる存在)から一個の男子が現われてきたときには、もう何にも残らなかった。ジャックリーヌは苦々《にがにが》しげに息子《むすこ》へ言った。
「あなたはだれの血を受けたんでしょうね? お父さんにも私にも似ていません。」
そういうふうにして彼女は、二人を隔ててるものをことごとく彼に感じさせてしまった。彼はそのために、不安な焦燥の交じったひそかな高慢を覚えた。
相次いで来る二つの時代の人々は、常に自分たちを結びつける事柄によりも自分たちを引き離す事柄のほうにより多く敏感である。彼らはたとい自分自身を害《そこな》いもしくは欺いても、自分の生活の重要さを肯定したがる。しかしそういう感情は、時期によって多少鋭鈍の差がある。文化の各種の力がしばらく均衡を保つ古典的年代にあっては――急坂に取り巻かれてるその高原においては――一つの時代とつぎの時代との間の水準の差はさほど大きくない。しかし復興期や頽廃《たいはい》期の年代にあっては、眩暈《めまい》するような急坂を登り降りする青年らは、前時代の人々を背後に遠く残してゆく。――ジョルジュは同年配の人々とともに、山を登っていた。
彼は精神においても性格においても、卓越したものを何一つもっていなかった。上品な凡庸さの域を出でない各種の能力を一様にそなえていた。それでも彼は、ごく短い生涯《しょうがい》のうちに莫大《ばくだい》な知力と精力とを使った彼の父より、生涯の初めにおいてしかも努力せずに、すでに数段高い所に立っていた。
理性の眼が明るみに向かって開けるや否
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