の火はもう消えていた。しかし彼はその善き熱をまだ心のうちに保っていた。彼は火がふたたび燃え出すことを知っていた。彼のうちに燃えないとすれば、だれかのうちに燃えるだろう。それはどこにおいてであろうとも、彼がそれを愛することに変わりはないだろう。それは常に同一の火であるから。そして彼は九月の日の夕方、その火が自然全体のうちに広がってるのを感じた。

 彼は自分の家のほうへ上っていった。雷雨のあとだった。もう日が照っていた。牧場からは水蒸気が立っていた。林檎《りんご》樹からは熟した果実が濡れ草の中に落ちていた。樅《もみ》の枝に張られた蜘蛛《くも》の巣はまだ雨滴に輝いてミュケナイの馬車の古風な車輪に似ていた。濡れた森の縁には啄木鳥《きつつき》の鋭い笑声が響いていた。そして無数の小蜂《こばち》が日の光の中で踊りながら、間断なき深い大オルガンの響きを森の丸天井の中いっぱいにたてていた。
 クリストフは森の中の開けた場所に出た。山の一つの襞《ひだ》のくぼみ、四方閉ざされた正しい楕《だ》円形の谷間で、夕陽の光が一面に当たっていた。赤土の地面であって、中央の狭い金色の野には、遅麦《おそむぎ》や錆《さび》
前へ 次へ
全367ページ中365ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング