されたクリストフの痛ましい顔、壁の上に落ちてる影、街路に響くある足音、手に握ってる鉄の感触……。難破者が遺流物に取りすがってそれといっしょに沈んでゆくように、彼女はそれらの感覚にすがりついていた。そのあとでは、すべてが恐ろしくなった。もっと待ってはなぜいけないか? しかし彼女はみずから繰り返した。
「ぜひとも……。」
 汽車に乗り遅れはすまいかと気づかって急いでる旅人のようにあわただしく、やさしみのない別れを彼女はクリストフに告げた。そしてシャツを押し開き、心臓を探りあて、そこにピストルの銃先《つつさき》をあてた。クリストフはひざまずいて、夜具の中に顔を隠していた。引き金を引くときに、彼女は左手をクリストフの手にのせた。闇夜の中を歩くのを恐《こわ》がってる子供のような動作だった……。
 そして、恐るべき数秒が過ぎた……。アンナは発射しなかった。クリストフは顔をあげたかった。彼女の腕をとらえたかった。がその動作はかえって彼女に発射の決心を決めさせはすまいかと恐れた。彼の耳にはもう何にも聞こえなかった。彼は意識を失っていた……。唸《うな》り声……。彼は身を起こした。見るとアンナは、恐怖に顔
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