なかった。
「そういうのは狂人だ。」と彼は言った。「縛りつけて、瘋癲《ふうてん》病院にでも入れるべき代物《しろもの》だ!……恋のために自殺するというのならわかってる。裏切った恋人を殺すというのもわかってる……。わかってるというのは、何も許してやるという意味ではないが、獰猛《どうもう》な遺伝の残り物として是認できる。野蛮ではあるが、理屈にかなってる。自分を苦しめる者を殺すのだから。けれども、恨みも憎しみもない恋人を、単に他にも恋してる者があるからといって殺すのは、まったく狂気の沙汰だ……。ねえクリストフ、君にもわかるだろう。」
「ふーん、僕はいつもわからないのが癖だ。」とクリストフは言った。「恋愛を論ずる者は不条理を論じてるのだ。」
 アンナは聞いてもいないかのように黙っていたが、ふいに顔をあげて、いつもの静かな声で言った。
「何にも不条理なことはありません。当然のことですわ。恋をするときには、恋人が他人のものにならないように、それを滅ぼしてしまいたくなるものです。」
 ブラウンは呆気《あっけ》にとられて妻をながめた。そしてテーブルをたたき、両腕を組んで言った。
「どこからそんなことを聞
前へ 次へ
全367ページ中227ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ロラン ロマン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング