も心情を授かっていない人たちには人生は安楽だ、と彼は考えた。ブラウンが死んでもアンナはほとんど平気だろう、などと彼は想像して、結婚していないことをみずから祝した。われわれを憎悪の的とするような者に、あるいは(さらに悪いことには)われわれを眼中に置かないような者に、一|生涯《しょうがい》われわれを結びつける、この結婚という習慣の連鎖に比ぶれば、自分の寂寞《せきばく》もさほど悲しくないように彼には思われた。まさしくこのアンナはだれをも愛していないのだった。祗虔主義《ピエティスム》のために干乾《ひから》びてしまってるのだった。
 しかるに十月の末のある日、彼女はクリストフを驚かした。――皆で食卓についていた。クリストフはブラウンとともに、町じゅうの噂《うわさ》となってるある痴情の犯罪について話していた。田舎《いなか》――において、イタリー人の二人の姉妹の娘が、一人の男に惚れ込んだ。どちらも喜んで自分を犠牲にすることができなかったので、どちらが譲歩するかという籤《くじ》を引いた。負けたほうはそのままライン河に身を投ずるはずだった。ところがいよいよ籤を引いてから、運|拙《つた》なかったほうの娘は
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