た。その音楽会には聴衆が少なかったし、また彼女は賛辞にたいして鈍感になってもいなかった。元来彼女は、音楽上のいずれかの党派に加わるだけの利口さももたなかったし、崇拝者の群れをあとに従えるだけの策術ももたなかったし、また、あるいは技巧上に多少の誇張を施すことによって、あるいは定評ある各作を勝手気ままに演出することによって、あるいは、ヨハン・セバスチアン・バッハやベートーヴェンなどという大家ばかりをほしいままに演奏することによって、とくに人目をひこうともしなかったし、また自分の演奏するものについてなんらの理論をもいだかず、ただ感ずるままを率直に出演して満足していた――それゆえに、だれも彼女へ注意を払わなかった。批評家らは彼女を知っていなかった。彼女がりっぱに演奏してることを、批評家らはだれからも聞かせられなかったし、またそれを自分で認めることもできなかったのである。
クリストフはその後しばしばセシルに会った。この丈夫な落ち着いた娘は、謎《なぞ》のように彼をひきつけた。彼女は気丈で淡々としていた。彼は彼女があまり世に知られていないことを憤慨し、グラン[#「グラン」に傍点]・ジュールナル[#
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