婚にたいするクリストフの不当なやや滑稽《こっけい》な疑懼《ぎく》には、同感できなかった。富は魂を滅ぼすという考えは、クリストフの頭に深く根をおろしていた。あの世のことに気をもんでる富有な女に向かって、ある賢明な乞食《こじき》が言ったつぎの警句を、彼は好んで繰り返したかった。
「なんですって、奥さん、あなたは幾百万も(訳者注 幾百万の財産――幾百万の年齢)もってるのに、なおおまけに、不滅な魂をもちたいのですか。」
「女を信ずるな。」と彼は半ば冗談に半ば真面目《まじめ》にオリヴィエへ言った。「女を信ずるな。ことに金持ちの女を信ずるなよ。女は芸術を愛してるかもしれないが、しかし芸術家を窒息させるものだ。そして金持ちの女は芸術をも芸術家をも奏するものだ。富は一つの病気である。女はその病気に男よりいっそうもろい。金持ちはすべて不健全な者だ。……君は笑うのか。僕の言うことを馬鹿にするのか。なあに、金持ちに人生がわかってるものか。苛酷《かこく》な現実に密接な交渉をもってるものか。悲惨の荒々しい息吹《いぶ》きを、かせぎ出すパンや掘り返す土地の匂《にお》いを、自分の顔に感じてるものか。人間や物事を、理解
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