し得てるものか、眼にだけでも見てるものか。……昔僕は小さいとき、大公爵の馬車に乗って、一、二度散歩に連れてゆかれたことがあった。僕が草の一葉をも知りつくしてる牧場の中を、僕が一人で駆け回ってたいへん好んでる森の間を、馬車は通っていった。ところが馬車の上からは何にも見えなかった。そのなつかしい景色も、僕を連れ出してくれてる馬鹿者どもと同じように、しゃちこばった勿体《もったい》ぶった様子に変わってしまっていた。そのとき牧場と僕の心との間には、それら四角張った魂の奴《やつ》らが介在してるばかりではなかった。足の下のその四、五枚の板、自然の上にのっかって動いてるその台、それだけでもうたくさんだった。大地を自分の母だと感ずるためには、この世の光に顔を出す赤ん坊のように、大地の腹の中に足を踏み入れていなければいけない。人間を大地に結びつけ、大地の児《こ》らをたがいに結びつける糸を、富は断ち切ってしまうのだ。そうなってなんで芸術家になれるものか。芸術家は大地の声なのだ。金持ちは大芸術家にはなれないものだ。かくも運命の恵み薄い金持ちの身分で芸術家になるには、非常な天才がなければいけない。もし芸術家にな
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