き》が感ぜられた。細かな雨が少し降りつづけていた。
ジャックリーヌは身を震わした。
「帰りましょう。」と彼女は言った。
木陰はほとんどまっ暗だった。オリヴィエはジャックリーヌの濡《ぬ》れた髪に接吻《せっぷん》した。彼女は彼のほうに顔をあげた。そして彼は初めて、恋に燃えてる唇《くちびる》を、若い娘の小皺《こじわ》のある熱い唇を、自分の唇の上に感じた。二人は気を失わんばかりになった。
家のすぐ近くで、二人はまた立ち止まった。
「私たちはこれまでほんとに一人ぽっちでした!」と彼は言った。
彼はすでにクリストフのことを忘れていた。
二人はクリストフのことを思い出した。音楽はもうやんでいた。二人は中にはいった。クリストフはハーモニュームの上に肱《ひじ》をつき、両手に頭をかかえて、同じく過去のいろんなことを夢想していた。扉《とびら》の開く音を聞いて彼は、その夢想から覚《さ》めて、真面目《まじめ》なやさしい微笑《ほほえ》みに輝いてる親切な顔を、二人に見せた。彼は二人の眼の中に、どういうことがあったかを読み取り、二人の手を握りしめ、そして言った。
「そこにすわりたまえ。何かひいてあげよう。」
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