一人で暮らし、あまり外へも出ず、友だちもごく少数で、しかも大して親しくもしていなかった。兄の関係方面や自分の才能を利用することは容易だったろうけれど、そんなことを少しもしなかった。彼女は以前、パリーの大雑誌の一つに、二、三の論説や歴史的な文学的な人物評を書いて、簡結な正確な適切な文体によって、人の注意をひいたことがあった。が彼女はそれきりにしてしまった。彼女に好意を示してくれ、彼女のほうでも知己になるのがうれしいような、幾人かのりっぱな人々がいたので、それと気持よい交際を結ぶこともできるはずだった。しかし彼女は向こうから求めてきたのにも応じなかった。また、自分の好きなりっぱなものが演ぜられてる芝居に席を取っておきながら、出かけて行かないことさえあった。面白そうだとわかってる旅行をもなし得るのに、やはり家にばかり引きこもっていた。彼女の性格は堅忍主義と神経衰弱との不思議な混和から成っていた。その神経衰弱も彼女の思想を少しも害してはいなかった。生活は害されていたが精神はそうでなかった。彼女一人だけが知ってる昔の悲しみが心のなかに跡を残していた。そしてさらに深いところに、さらに人知れず――彼
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