ていた。身振りにはある窮屈そうな上品さがあった。めったに口をきかず、声もごく低かった。その灰色の眼の澄んだ目差《まなざ》しと、寂しげな口の善良な微笑とがなかったら、彼女はほとんど人目につかなかったろう。
 ランジェー家に彼女が姿を見せるのは、ときどきであって、家族きりしかいない場合だけだった。ランジェーは彼女にたいして、やや迷惑げな敬意をいだいていた。ランジェー夫人は彼女の来訪をあまり喜ばない様子を、夫に隠そうとはしなかった。それでも彼ら夫妻は礼儀上、一週間に一回はきまって彼女を晩餐《ばんさん》に招いた。そしてお義理にしてるのだという様子をあまり見せなかった。ランジェーは自分自身の話をした。彼がいつも興味をもつのは自分自身のことだった。ランジェー夫人は習慣的に微笑を浮かべながら、他のことを考えていて、いい加減な返辞ばかりしていた。ごく丁寧なやり方をもって万事都合よく運んでいった。慎み深い叔母《おば》が思ったより早く辞し去るときには、心こめたやさしい言葉まで発せられた。ランジェー夫人の美しい微笑は、特別に楽しい思い出が頭にある日には、さらに輝かしくなっていた。マルト叔母はそれらのことをみ
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