い。恋愛においても芸術におけるがごとく、他人の言ったことを読んではいけない。自分が感ずることを言わなければいけない。何にも言うことがない前からしゃべろうとあせる者は、けっして何にも言い得ない恐れがある。
 ジャックリーヌも、多くの若い娘たちと同じく、すでに他人が経験した感情の埃《ほこり》のなかに生きていた。そのために彼女は、手は燃え喉《のど》は乾《かわ》き眼はいらついて、たえず小熱に浮かされた状態にありながら、物事を見てとることができなかった。が彼女は物事を知ってると思っていた。彼女に欠けてるのはりっぱな意志ではなかった。彼女は書物を読んだり人の言葉を聴《き》いたりしていた。会話や書物のなかで、ここかしこから断片的に、多くのことを教わっていた。自分の内心をさえ読み取ろうとつとめていた。彼女はその周囲の人々よりもましであった。彼女は皆より真実だった。
 一人の婦人が、彼女にいい影響を与えた――あまりに短い間の影響ではあったが。それは彼女の父の妹で、結婚したことのない四、五十歳の女だった。マルト・ランジェーという名前で、顔だちはきっぱりしていたがしかし陰気できれいではなく、いつも黒服をつけ
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