そこで立ち止まる。ジャックリーヌも、見たか見ないかの男に向かって熱烈な手紙をいくらも書き散らした。しかしどれも出さなかった。ただ一つ心酔しきった手紙を、自分の名を書かずに、ある無情な狭量な醜い卑しい利己的な批評家に送った。彼が書いた三、四行の文のなかに感傷的な宝を見出して、それで恋しくなったのだった。彼女はまたある一流の俳優に想《おも》い焦がれた。住居が彼女の家の近くだった。その門前を通ることに彼女はみずから言った。
「はいってみようかしら。」
そしてあるとき彼女は大胆にも、彼が住んでる階まで上がって行った。しかし一度そこまでゆくとすぐに逃げ出した。どんなことを言ったらよいか? いや言うべきことは何一つなかった。彼を少しも恋してるのではなかった。自分でもそれはよくわかっていた。彼女のそういう無分別さの半ばは、みずから好んでやってる欺瞞《ぎまん》だった。他の半ばは、恋したいという楽しい馬鹿げたいつまでも失《う》せない欲求だった。ジャックリーヌはごく怜悧《れいり》だったから、それをみずから知らないではなかった。それでもやはり無分別にならざるを得なかった。みずからよく知ってる狂人は二人分の
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