った。すぐれてるだけにますます、間違った愛情を押しかぶせて芸術家を窒息させるのだった。その愛情はひたすら、天才を飼い馴《な》らし、平らにし、枝を切り、削り、香りをつけて、ついには天才を、自分の感受性や小さな虚栄心や平凡さと同程度のものとなし、自分たちの社会の平凡さと同種のものとなしてしまうのだった。
 クリストフはそういう社会を通り過ぎただけではあったが、その危険を感ずるくらいには十分よく観察した。一人ならずの女が、彼を自分の客間に独占しようとし、自分一人の用に独占しようとした。そしてクリストフも、何かを匂《にお》わせる微笑の釣針《つりばり》を、少しくわえないでもなかった。もし彼に健全な良識がなかったならば、また彼女らの周囲で近代のキルケーどもからすでに多くの者が変形されてる不安な実例がなかったならば、彼も無事にのがれ得はしなかったろう。だが彼は、のろま男の番人たるそれら美人連の群れを、さらに増加したい心は少しもなかった。彼を追っかけてくる女たちがもっと少なかったら、彼にとって危険はいっそう大きかったろう。けれどもう今では、すべての男女が自分たちのうちに一人の天才がいることをよく承知し
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