。がクリストフは大笑いをした。彼が客間へ出入りするのは、自分の名声を育てるためではなかった。自分の生活資料を新たに蓄《たくわ》えんがためであった。人間の眼つきや身振りや声音などの収集、すべて芸術家がおりおり自分の絵具板《パレット》を豊富ならしむべき、形と音と色との材料、それを新たに得んがためであった。音楽家は音楽ばかりで養われてるものではない。人間の言葉の抑揚、身振りの律動《リズム》、微笑の諧調《かいちょう》、などはみな音楽家に、仲間の者の交響曲《シンフォニー》以上の音楽を暗示するのである。しかし人の顔貌《がんぼう》や魂のその音楽も客間の中においては、音楽家の音楽と同じく、無味乾燥で変化に乏しいものと言わなければならない。各人が自分の風格をもっていて、その中に凝結している。美しい女の微笑も注意の行き届いた装いの中では、パリーの音楽家の旋律《メロディー》と同じく型にはまったものとなる。男子は女子よりもなおいっそう面白みがない。社交界の萎靡《いび》的影響を受けて、たちまちのうちに精力は鈍くなり、独特な性格は磨滅《まめつ》してゆく。クリストフは芸術家らのうちに、多くの死んだ者や死にかけてる者
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