をも貧乏をも同じ心で受けいれるのが、自然なことではないだろうか。そして、愛する者が非常に喜んで与えようとしてる、その恩恵を拒むのは、けちくさい感情ではないだろうか……。それでも、彼女はオリヴィエの意図に賛成した。それが厳粛な楽しくないものであるために、かえって彼女の心を決した。精神的に勇壮な行ないをしたいというかねての願望を、ちょうど満足さる機会であるように思えた。叔母《おば》を失ったために惹起《じゃっき》され恋愛のために激化されてる、周囲の世界にたいする傲慢《ごうまん》な反抗心のために、彼女はついに自分の性質のうちでこの不思議な熱情と矛盾するものはことごとく、否定してしまっていた。ごく純潔で困窮で幸福に輝いてる生活の理想へ向かって、自分の一身を弓のように緊張さしていた……。あらゆる障害も、将来の凡々たる境遇も、すべてが彼女にとっては喜びだった。ああそれはどんなにかりっぱな美しいことであろう!……
ランジェー夫人は、自分のことばかりにあまり気をとられていて、周囲に起こってることには大して注意を払っていなかった。このごろでは自分の健康のことばかり考えていた。始終いろんな病気を想像して気をもみ、あちこちの医者にかかっていた。どの医者も偶々に彼女にとっては救い主[#「救い主」に傍点]だった。それも二週間ばかりのことで、やがて他の医者の番となるのだった。彼女は何か月も家を離れて、ごく費用のかかる療養院へはいり、そこでばかばかしい療法を敬虔《けいけん》に守っていた。娘や夫のことをも忘れてしまっていた。
ランジェー氏は夫人ほど無頓着《むとんじゃく》ではなくて、娘の情事に気づき始めた。父の嫉妬《しっと》心から感づいたのだった。彼はジャックリーヌにたいして、世の多くの父親が娘にたいしていだいていながら自認したがらない、あの謎《なぞ》のような愛情をもっていたし、自分の血から成ってる者のうちに、自分であってしかも女である者のうちに、再生するという、あの神秘な肉感的なほとんど神聖な好奇心をもっていた。人の心のそういう機密のうちには、知らないほうがむしろ健全である多くの影と光とが存している。ランジェー氏はこれまで、小さな青年らを娘が悩殺してるのを見て、面自がっていた。そういうふうに婀娜《あだ》っぽい空想的なしかも聡明《そうめい》な――(彼自身と同じような)――娘を、彼は好んでいた。しかしながら、事件がいっそう真剣になるの恐れがあるのを見ると、気をもみだした。そして彼はまずジャックリーヌの前でオリヴィエを冷笑し、つぎには、かなり辛辣《しんらつ》にオリヴィエを悪評した。ジャックリーヌは初めそれを笑って、そして言った。
「そんなに悪くおっしゃるものではありませんわ、お父さま。今に私があの人と結婚したがるようになったら、お父《とう》さまはお困りなさるでしょう。」
ランジェー氏は大きな叫び声をたてた。彼女を狂人だとした。がそれこそ彼女をまったく狂人にならせる仕方だった。けっしてオリヴィエとは結婚させないと彼は宣言した。彼女はオリヴィエと結婚すると宣言した。覆《おお》いは裂けた。彼は彼女から無視されてることに気づいた。父親としての利己心から非常に憤慨した。もうオリヴィエにもクリストフにも二度と家へ足を入れさせないと、断然言い放った。ジャックリーヌは激昂《げっこう》した。そしてある朝、オリヴィエはだれか来たので扉《とびら》を開いてみると、令嬢が顔色を変え決心の様子で、飛び込んで来て言った。
「私を引き取ってください。両親は承知しません。でも私はあなたが望みです。私をどうにかしてください。」
オリヴィエは狼狽《ろうばい》したが、しかし感動させられて、反対を唱えようともしなかった、幸いにもクリストフがそばにいた。普通なら彼がいちばん無法だった。がそのとき彼は二人を諭《さと》した。あとでどんな醜聞が起こるか、二人はどんな苦しい目に会うか、それを説き聞かした。ジャックリーヌは怒って唇《くちびる》を噛《か》みしめながら言った。
「そうなったら、死ぬばかりですわ。」
その言葉はオリヴィエを恐れさせるどころか、かえって決心の臍《ほぞ》を固めさせることとなった。クリストフは一方ならぬ骨折りをして、二人の狂人に少し辛抱させることにした。絶望的な手段をとる前に、他の手段を講じてみる必要があった。ジャックリーヌは家に帰らなければいけなかった。そして、彼がこれからランジェー氏に会いに行って、二人のために弁護してみることにした。
奇態な弁護人だった。彼が一言いい出すや否や、ランジェー氏は外に追い出そうとした。けれどつぎには、事態の滑稽《こっけい》さに心ひかれて、それを面白がった。そしてしだいに、相手の真剣さやまっ正直さや確信に、のまれていった。けれどもなお取り合おうとしないで、
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