女自身からも知られずに――運命の痕跡《こんせき》が、すでに彼女を啄《ついば》み始めてる内部の病苦が、存していた。――けれども、ランジェー夫妻の眼には彼女の澄みきった眼つきしか映らなかったし、その眼つきに彼らは時とすると不安を覚えた。
ジャックリーヌは、呑気《のんき》な楽しいとき――初めはいつもたいていそうだったが、そのときには、叔母《おば》へほとんど注意を向けなかった。けれどある年齢に達すると、身体と魂とのなかに不安な作用がひそかに起こってきて、そのために彼女の一身は、幸いにも長くはつづかないがしかし死ぬような気がする馬鹿げた獰猛《どうもう》な逆上のおりおりに、苦悩や嫌悪《けんお》や恐怖や狂的な悲しみに陥ってしまった――おぼれながら「助けて!」と呼ばわることもしかねる子供のようになってしまった――そのときに、彼女は自分のそばに、こちらへ手を差し出してくれる叔母マルト一人を見出した。ああ他の人たちはいかに遠くにいたことだろう! 父も母も他人と同じで、その懇篤な利己心だけしかもたず、自分自身に満足しきっていて、人形に等しい十四歳の彼女の小さな胸の悶《もだ》えなどは、考えてくれようともしなかった。でも叔母だけはその悶えを察してくれて、憐《あわ》れみの情を寄せてくれた。叔母はなんとも言いはしなかった。ただ微笑《ほほえ》んでいた。テーブル越しに、ジャックリーヌと温情の眼つきをかわした。ジャックリーヌは叔母から理解されてるのを感じて、そのそばへ身を寄せた。マルトは彼女の頭に手を置いて、口をつぐんだまま撫《な》でてくれた。
娘は信頼の念を起こした。胸がいっぱいになるときには、大きな友だちたる叔母をたずねていった。いつやって行っても思ったとおりに、いつも変わらぬ寛大な眼に出会い、その眼の落ち着きを多少心に注ぎ込まれるのだった。彼女は空想の恋心地をほとんど話さなかった。恥ずかしい気がした。ほんとうのものではないと自分でも感じていた。しかしいっそう真実な、ただ一つの真実な、ぼんやりした深い不安を話した。
「叔母《おば》さま、」と彼女はときおり溜息《ためいき》をついた、「私ほんとに幸福になりたいわ。」
「まあかわいそうに!」とマルトは微笑《ほほえ》みながら言った。
ジャックリーヌは叔母の膝《ひざ》に頭をもたせ、自分を撫でてくれてるその手に接吻《せっぷん》した。
「私幸福になれましょ
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