な感知した。彼女の眼をのがれる事柄はあまりなかった。兄の家で見てとられる多くの事柄に、彼女は気を悪くしたり悲しんだりした。しかし様子には少しも現わさなかった。現わしたってなんの役にたとう? 元来彼女は兄を愛していたし、一家の他の人々と同じように、兄の知力と成功とを自慢にしていた。一家の人々は、長子の大成功にたいしては自分たちの困窮などはなんでもないことだと思っていた。が彼女は少なくとも自由な批判を失わなかった。兄と同じく怜悧《れいり》であり、精神的には兄よりもいっそう鍛錬されいっそう雄々《おお》しかったので――(男まさりのフランス婦人の多くは皆そうである)――彼女は兄の心中を明らかに見てとっていた。そして兄から意見を求められると、腹蔵なく思うところを述べた。しかし兄はもうだいぶ前から意見を聞かなくなった。何にも知らないほうが用心深いことだと思い――(なぜなら彼は彼女くらいにはなんでも知っていたから)――あるいは眼を閉じてるほうが用心深いことだと思っていた。で彼女は気位を高くもって一人遠のいた。だれも彼女の内生活に気を向ける者はいなかった。またそれを知らないほうが好都合でもあった。彼女は一人で暮らし、あまり外へも出ず、友だちもごく少数で、しかも大して親しくもしていなかった。兄の関係方面や自分の才能を利用することは容易だったろうけれど、そんなことを少しもしなかった。彼女は以前、パリーの大雑誌の一つに、二、三の論説や歴史的な文学的な人物評を書いて、簡結な正確な適切な文体によって、人の注意をひいたことがあった。が彼女はそれきりにしてしまった。彼女に好意を示してくれ、彼女のほうでも知己になるのがうれしいような、幾人かのりっぱな人々がいたので、それと気持よい交際を結ぶこともできるはずだった。しかし彼女は向こうから求めてきたのにも応じなかった。また、自分の好きなりっぱなものが演ぜられてる芝居に席を取っておきながら、出かけて行かないことさえあった。面白そうだとわかってる旅行をもなし得るのに、やはり家にばかり引きこもっていた。彼女の性格は堅忍主義と神経衰弱との不思議な混和から成っていた。その神経衰弱も彼女の思想を少しも害してはいなかった。生活は害されていたが精神はそうでなかった。彼女一人だけが知ってる昔の悲しみが心のなかに跡を残していた。そしてさらに深いところに、さらに人知れず――彼
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