クリストフは、オリヴィエを非常に愛していたにもかかわらず、時とするとそのそばから逃げ出さざるを得なかった。彼はあまりに強く、あまりに健やかであって、空気のないその苦しみの中では息がつけなかった。いかに彼は自分自身を恥じたことだろう。友のために何にもなし得ないのをみずから憤慨した。そしてだれかにその腹癒《はらい》せをしたくなって、ジャックリーヌを恨むようになった。アルノー夫人の明敏な言葉があったにもかかわらず、彼はなおジャックリーヌを苛酷に判断していた。それも、まだ人生をよく知っていないために、人生の弱点にたいしては思いやりのない、年若い激烈な一図な魂をもっている彼としては、無理もないことだった。
 彼はセシルとセシルに託されてる子供とによく会いに行った。セシルは養い児の母親となって様子が一変していた。若く楽しく上品にやさしくなってるようだった。ジャックリーヌが立ち去ったことが、彼女のうちに知らず知らず幸福の希望を起こさしてはいなかった。ジャックリーヌの追想は、ジャックリーヌがそばにいるよりもなおいっそう、自分からオリヴィエを遠ざけるということを、彼女は知っていた。そのうえ、彼女の心を乱した嵐《あらし》は、もう通り過ぎていた。それはただ一時の危機であって、ジャックリーヌの狂乱を見たことが、かえってその危機を消散させる助けとなった。彼女はまた平素の落ち着きに立ちもどってきて、どうして自分の心がああまでに乱されたかがわからなくなった。愛したい欲望の大部分は、子供にたいする愛で満足させられた。女特有の驚くべき幻覚の――直覚の――力で、彼女は自分の愛してる男を、その小さな子供を通じて見出していた。委託されたその弱い子供が彼女の掌中にあった。子供はまったく彼女のものだった。そして彼女は、子供を愛することができた、心から熱く愛することができた。無心な子供の心や光の雫《しずく》みたいなその澄んだ青い眼が、いかにも純潔だったと同じに、彼女の愛も純潔だった。……それでも彼女の愛情には、ある憂鬱《ゆううつ》な遺憾の念が交じってこないでもなかった。ああそれはけっして自分の血を分けた子供と同じではない!……しかし、それでもやはりいいものである。
 クリストフは今では、前と異なった眼でセシルをながめていた。彼はフランソアーズ・ウードンの皮肉な一言を思い起こした。
「あなたとフィロメールとは
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