ィエは感動のあまり震えながら、子供をのぞき込んでいた。そしてジャックリーヌに微笑《ほほえ》みかけながら、自分たち二人とまだほとんど人間とも言えないその憐《あわ》れな存在との間に、生命のいかなる神秘なつながりがあるかを、理解しようと努めていた。その皺《しわ》寄った黄色い小さな顔に、彼はやや無気味そうにしかもやさしく、そっと唇《くちびる》をあてた。ジャックリーヌは彼をながめていたが、妬《ねた》ましげに彼を押しのけた。そして子供を取り、胸に抱きしめ、やたらに接吻《せっぷん》した。子供は泣きたてた。彼女は子供を渡した。そして壁のほうへ顔を向けて泣いた。オリヴィエは彼女を抱擁し、彼女の涙を吸ってやった。彼女も彼を抱擁して、強《し》いて微笑《ほほえ》んだ。それから、子供をそばにして休みたいと求めた……。ああ、愛が滅びてはもはや致し方もない。男のほうは、自己の半ば以上を理知に委《ゆだ》ねるので、強い感情を失っても、その痕跡《こんせき》を、その観念を、かならず頭脳のうちに保存する。彼はもう愛さないでもいられる。過去に愛したことを忘れずにいる。しかしながら、理由なしに全身をあげて一度愛したことがあり、そして理由なしに全身をあげて愛することをやめた女のほうは、なんとなし得るであろうか? 意欲するか? 幻を描くか! しかも、意欲するにはあまりに弱く、幻を描くにはあまりに真摯《しんし》である場合には……。
ジャックリーヌは寝床に肱《ひじ》をついて、やさしい憐《あわ》れみの念で子供をながめた。子供は何者であるか? たとい何者であろうとも、それは全部彼女ではなかった。それはまた「他」でもあった。そしてその「他」を、彼女はもう愛していなかったのである。憐れなる小さなものよ! いとしき小さなものよ! 死に失《う》せた過去に彼女を結びつけようとしてるその存在にたいして、彼女はいらだちの念を覚えた。そしてそのほうへかがみ込みながら、それを抱擁しまた抱擁した……。
現代の婦人の大なる不幸は、彼女らがあまりに自由であるとともにまた十分自由でないということである。もっと自由であったら、彼女らはいろんな束縛を求めて、そこに一種の愉悦と安寧《あんねい》とを見出すだろう。またさほど自由でなかったら、彼女らはいろんな束縛に忍従して、それを破り捨て得ないだろう。そして苦しむことも少なくなるだろう。しかしもっとも
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