に立ち寄ってもらいたがった。彼は辞退しようとした。しかし彼女は叫んだ。
「いえいえ、ぜひとも、寄ってくださらなければ、お食事をしに寄ってくださらなければいけません。」
彼女はたいへん高い声でたいへん口早にしゃべりだして、尋ねられるのも待たずに、もう身の上話を始めていた。クリストフはその快弁と声音とに耳鳴りがして、半分くらいしか聞き取れずに、彼女の顔をながめていた。それはまったくあのかわいいミンナだった。はなやかで、強健で、全身がはちきれそうに太って、きれいな皮膚、薔薇《ばら》色の顔色、だが顔だちは太く、鼻がことに丈夫で充実していた。身振り、態度、優しさ、すべてが以前のままだった。ただ容積が変わっていた。
彼女はなお話しつづけていた。昔話や、打ち明け話や、夫に愛し愛されてるありさまなどを、クリストフに語った。クリストフは当惑した。彼女は無批判な楽天家であって、自分の町や家や家庭や夫や自分自身を、完全でもっともすぐれたものだと思っていた」――(少なくとも、他人の前にいるときには)。彼女は夫の話をして、「これまで見た人のうちでももっとも堂々たる人物」であるとか、「超人間的な力」をもってる人であるなどと、その面前で言っていた。その「もっとも堂々たる人物」は、笑いながらミンナの頬辺《ほっぺた》をつついて、「卓越した女」であると、クリストフへ断言していた。この高等法院顧問官は、クリストフの身の上を知っているらしかった。そして、一方に彼の処刑があり、他方に彼をかばってる高貴な保護があるので、敬意をもって彼を取り扱うべきか、あるいは敬意なしに取り扱うべきか、はっきりわからないらしかった。で結局両方を交えた態度で取り扱おうと決心した。ミンナのほうは始終口をきいていた。自分のことをクリストフへ十分述べつくすと、こんどはクリストフのことを話しだした。彼が尋ねもしないのに非常に打ち解けた事柄まで話して聞かしたと同様に、きわめて打ち解けた事柄まで尋ねかけて彼を困らした。彼女は彼に再会したのをたいへん喜んでいた。彼の音楽については何にも知らなかったが、彼が有名になってることは知っていた。昔彼から愛されたことを――(そしてそれをしりぞけたことを)――ひそかに誇りとしていた。冗談の調子でかなり露骨にそのことをもち出した。彼女は自分の写真帳《アルバム》に彼の自署を求めた。彼女はパリーのことをしつ
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