した。
「いえ、」と彼女は言った、「そんなことはいいんです。」
彼女はあたりを見回し、いろんな品物を見つけ出し批判した。それからルイザの写真を見つけた。
「お母《かあ》さんですか。」と彼女は言った。
「ええ。」
彼女はそれを手に取って、しみじみとながめた。
「いいお婆《ばあ》さんね。あなたは仕合わせですわね。」
「でも、もう亡くなったんです。」
「そんなことは構いませんわ。とにかくこんなお母さんがあったんですもの。」
「ではあなたは?」
しかし彼女はちょっと眉《まゆ》をひそめてその話を避けた。自分のことを聞かれるのを好まなかった。
「いえ、あなたのことを話してください。私にきかしてくださいよ……何か身の上のことを……。」
「そんなことをきいてどうするんです?」
「いいから話してちょうだいよ……。」
彼は話したくなかった。しかし彼女の問いに答えないわけにはゆかなかった、聞き方がたいへん上手《じょうず》だったので。そしてちょうど、心悲しかったある種の事柄、友情の話や別れ去ったオリヴィエの話などを語ってしまった。彼女は憐《あわ》れみと皮肉とのこもった微笑を浮かべて、耳を傾けていた。……と突然、彼女は尋ねた。
「何時でしょう? まあー! 二時間もいましたのね。……ごめんください……。ほんとに心が休まりましたわ。」
彼女は言い添えた。
「またお伺いしたいんですの……たびたびでなく……ときどき……。お話を聞くと私のためになりますの。でも私は、お邪魔をしたくありませんわ。お時間をつぶしたくありませんわ……。でほんのしばらくの間、たまにね……。」
「僕のほうから伺いましょう。」とクリストフは言った。
「いえいえ、いらしちゃいけません。お宅のほうがいいんですの……。」
しかし、その後彼女は長らくやって来なかった。
ある晩彼は、彼女が重い病気になっていて、もう数週間前から芝居にも出ていないことを、ふと聞きこんだ。来るなと言われていたけれど、それでも訪《たず》ねていった。面会は断わられた。けれど名前が通じられると、彼は階段の上で呼びもどされた。彼女は床についていた。快方に向かっていた。肺炎にかかったのだった。かなり様子が変わっていた。けれどやはり、人を近づけない皮肉な様子と鋭い眼つきをしていた。それでもクリストフを見ると、ほんとうにうれしげなふうを示した。彼を寝台の近くにす
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