た。「しかし僕はまだやはり人を信用しています。」
「そうでしょう。あなたは生まれつきの馬鹿正直に違いないんですもの。」
彼は笑い出した。
「そうです、僕はいつも一杯食わされてばかりいます。しかし閉口しやしません。丈夫な胃袋をもってるんです。どんな大きな畜生だって、どんな困窮や悲惨だって、構わずのみ下してやるんです。場合によっては、打ちかかってくる悪漢をものみ下してやります。そしてますます丈夫になるばかりです。」
「あなたは仕合わせよ、」と彼女は言った、「男ですもの。」
「そしてあなたは女ですよ。」
「女なんて大したことじゃありません。」
「いや素敵なことです。」と彼は言った。「それはまた、いいことかもしれません。」
彼女は笑った。
「それ[#「それ」に傍点]が!」と彼女は言った。「けれど世間では、それ[#「それ」に傍点]をどんなふうに取り扱ってるでしょう?」
「自分で自分の身を守らなければいけません。」
「そしたら、親切なんか長つづきはしませんよ。」
「それは人が親切を十分にもっていないからです。」
「おっしゃるとおりかもしれませんわ。そしてまた、あまり苦しんでもいけませんわね。度が過ぎると、魂が干乾《ひから》びてしまいますのね。」
彼は彼女を気の毒に思いかけた。それから、先刻どんなふうに取り扱われたかを思い出した……。
「あなたはまだ、慰め役は儲《もう》け役などと言うつもりですか。」
「いいえ、」と彼女は言った、「もう言いませんわ。あなたが親切で真面目《まじめ》だということは、私にもわかってますもの。お礼申しますわ。ただ何にも言わないでくださいな。あなたにはわからないんです……。ありがとうございました。」
二人はパリーに着いた。たがいに住所も告げず訪《たず》ねて来てほしいとも言わずに、そのまま別れた。
それから一、二か月後に、彼女自身クリストフを訪れてきた。
「お目にかかりに来ました。少しあなたとお話ししたいんですの。あのときお会いしてから、私はときどきあなたのことを考えましたね。」
彼女は席についた。
「ほんのちょっとの間。長くお邪魔はしませんわ。」
彼は彼女に話しかけた。彼女は言った。
「ちょっと待ってくださいな。」
二人は黙った。つぎに彼女は微笑《ほほえ》みながら言った。
「がっかりしてましたの。もうよくなりましたわ。」
彼は尋ねかけようと
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