のを見てたいへん驚いた。そのときまで彼女はかつて彼を訪問しようとしたことがなかったのである。彼女は何か落ち着かない様子だった。クリストフは大して気にも留めずに、それは例の内気のせいだと思った。彼女は腰をおろしたが何にも言わなかった。クリストフは彼女を気楽にさせるために、いろいろともてなした。二人はオリヴィエのことを話した。室の中にはオリヴィエの記念がいっぱいだった。クリストフは愉快な調子で話して、この間のことを何一つもらさなかった。しかしアルノー夫人はいつしか様子に現わして、気の毒そうに彼をながめて言った。
「あなたがたはもうめったにお会いなさらないのでしょう?」
 彼は彼女が慰めに来てくれてるのだと考えた。そのためにいらいらしてきた。自分のことに人から干渉されるのを好まなかったからである。彼は答えた。
「そのときの気持しだいにしてるんです。」
 彼女は顔を赤めて言った。
「あら、別段ぶしつけなことを伺うつもりではなかったのですけれど。」
 彼は自分の無作法さを後悔した。彼女の手を取って言った。
「ごめんください。私は彼が人から悪く言われやすまいかといつもびくびくしてるんです。かわいそうに、彼も僕同様に苦しんでいます……。まったく僕たちはもう会わないんです。」
「手紙もまいりませんか?」
「来ません。」とクリストフはやや恥ずかしそうに言った。
「ほんとに世の中は悲しいものですわね!」とアルノー夫人はややあって言った。
 クリストフは顔をあげた。
「いいえ、人生が悲しいのではありません。」と彼は言った。「悲しい時があるのです。」
 アルノー夫人は悲痛さを押し隠して言った。
「以前は愛し合ったのに、もう愛し合わなくなる。それが何かのためになりましょうか。」
「愛し合っただけでいいんです。」
 彼女はなお言った。
「あなたはあの人に自分をささげていらした。そのあなたの献身が、せめて愛する人の役に立っていますればねえ! けれど、それでもやはりあの人は幸福ではありませんわね。」
「僕は身をささげたのじゃありません。」とクリストフは憤然として言った。「そして僕がもし身をささげるとすれば、それは僕にとってそうするのがうれしいからです。議論の余地はありません。人はなすべきことをなすのです。もしそれをしなかったら、きっと不幸になるでしょう。献身という言葉くらい馬鹿げたものはありません
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