いことを口にした。けれどそれらのひどい悪口も、友との間には葛藤《かっとう》を生じなかった。二人の友はたがいに深く愛着していた。オリヴィエはどんなことがあろうともクリストフを犠牲にしたくなかった。しかしそれをジャックリーヌへも強《し》いることはできなかった。愛の弱みから彼女へ心配をかけるに忍びなかった。クリストフは、どんなことが彼の心中に起こってるかを見てとって、自分で身を退《ひ》きながら彼の選択を容易にしてやった。このままにしていては、少しもオリヴィエのためを図ってやることができないこと、むしろオリヴィエを害するばかりであること、それをよく了解していた。彼は自分のほうから遠ざかるべき口実を設けた。オリヴィエは気が弱いためにその間違った理由を受けいれた。しかしクリストフの犠牲の心を推察して、深く自責の念に苦しめられた。
クリストフはオリヴィエを恨みはしなかった。彼の考えによれば、妻は夫の半分であると言うのは誤りではなかった。なぜなら、結婚した男はもはや半分の男子にすぎないから。
彼はオリヴィエなしに自分の生活を立て直そうとした。しかしいかにつとめても、離反は一時のことにすぎないと考えても、その甲斐《かい》がなかった。楽天家なるにもかかわらずときどき悲しみに沈んだ。彼は孤独の習慣を失っていた。もちろん、オリヴィエが地方に住んでる間は孤独だった。しかしそのときは幻を描くことができた。友は遠くにいるけれどやがて帰って来るだろうと考えていた。しかるに今は、友は帰っているがこの上もなく遠くなっていた。幾年かの間自分の生活を満たしてくれたその情愛が、一挙に失われてしまった。それはあたかも、活動の最上の理由を失ったがようなものだった。彼はオリヴィエを愛して以来、自分のあらゆる考えにオリヴィエを結びつけるのが習慣となっていたのである。もう仕事も空虚を満たすに足りなかった。彼は自分の仕事に友の面影を交える癖がついていたのである。その友が離れ去った今では、彼はあたかも平衡を失った者のようだった。彼は立ち直るために、他に愛情を捜し求めた。
彼にはアルノー夫人とフィロメールとの愛情があった。しかしそのとき彼は、それら静平な女友だちでは満足できなかった。
それでもこの二人の女は、クリストフの悩みを察しているらしく、ひそかに同情を寄せていた。ある晩クリストフは、アルノー夫人が訪れて来た
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