いや》な狂言を演じ得なくなるだろう……。
しかしながら、要するに彼らは苦しんでいる。彼らは病者である。どうして彼らを憐《あわ》れまずにいられよう?――憐れなジャックリーヌは、オリヴィエが彼女を引き止めておかないことについて無罪であると同様に、オリヴィエから離れ去ることについては無罪であった。彼女は自然からこしらえられたままのものだった。結婚は自然にたいする一つの挑戦《ちょうせん》であること、人は自然に向かって一度手袋を投ずるときには、自然がかならずそれに応ずるものだと期待していなければならないし、挑《いど》んだ戦いを勇敢につづけるの覚悟がなければならないこと、それを彼女は知らなかった。彼女は自分が誤っていたことに気づいた。そのため自分自身に腹がたった。そしてその見当はずれの念は、自分が愛していたすべてのものにたいする敵意に、自分の信念でもあったオリヴィエの信念にたいする敵意に、変わっていった。聡明《そうめい》な女は時によっては男以上に、永久的な事柄にたいする直覚力を有するものである。しかしそれにつかまって身を落ち着けることは、男よりいっそう困難である。永久的な思想をいだく男は、それを自分の生命で養ってゆく。しかし女はそれで自分の生命を養ってゆく。女はそれを吸い取るのみで、それを育て上げはしない。女の精神や心には、たえず新たな養分を投げ与えなければならない。その精神と心とは自分だけではやってゆけない。そして信と愛とがない場合には、女はかならず破壊を事とする――少なくとも、最上の徳たる平静を天から恵まれていない場合には。
ジャックリーヌは以前、共通な信念の上に築かれた夫婦結合を、いっしょに戦い苦しみ働くの幸福を、深く信じていた。しかしその信念たるや、それが愛の太陽に美《うる》わしく照らされるときにしか信じられなかった。太陽が沈んでゆくに従ってそれは、空虚な空の上にそびえてる不毛な陰暗な山のように思われてきた。そして彼女は同じ道をたどり行くには、もうその力がないような心地がした。頂に達したとて何になるものか。山の彼方《かなた》に何があるものか。なんというはなはだしい欺瞞《ぎまん》だったろう!……どうしてオリヴィエがやはりなお、生命を蚕食するその空想に欺かれてるかを、ジャックリーヌはもう理解することができなかった。オリヴィエは知力と生活力とを多くもってはいないのだと、彼
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