た。今や別れ去る場合になると、その厭《いや》な土地も彼らにはなつかしく思えた。彼らはそこに多くの愛の思い出を振りまいていた。終わりの日々はその跡を捜し回ることに費やした。そういう一種の巡礼からやさしい憂愁が立ちのぼってきた。その穏やかな一望の風物は幸福な二人を見たのだった。ある内心の声が彼らにささやいていた。
「お前はお前が残してゆくものを知っている。これから見出そうとするものを知っているか?」
 ジャックリーヌは出発の前日涙を流した。オリヴィエはその訳を尋ねた。彼女は言いたがらなかった。彼らは言葉の響きが恐《こわ》いおりにはいつもしていたとおりに、一枚の紙を取ってたがいに書き合った。
「私の親愛なオリヴィエ……。」
「僕の親愛なジャックリーヌ……。」
「立ち去るのは切ない気がします。」
「どこから立ち去るのが?」
「私たちが愛し合った土地から。」
「どこへ向かって?」
「私たちが年老いる所へ。」
「僕たちが二人で暮らす所へ。」
「けれどもうあんなに愛し合えはしませんもの。」
「なおいっそう愛し合うのだ。」
「どうだかわかりませんわ。」
「僕にはわかっている。」
「私もそう願いたいわ。」
 そこで彼らは紙の下のほうに二つの輪を書いて、抱擁し合う意味を表わした。それから、彼女は涙を拭《ふ》き、笑顔をした。そして、丸襞襟《まるひだえり》のような立ち襟の白い短|外套《がいとう》と縁なし帽子とを彼に着せかけて、アンリー三世の小姓《こしょう》みたいに仕立てた。

 パリーで彼らは、以前別れた人々と再会した。けれどももう皆様子が違っていた。クリストフもオリヴィエが到着した報に接して、大喜びで駆けつけていった。オリヴィエも彼と会うのが同様にうれしかった。しかし初め一目見たときから、彼らは意外な窮屈さを感じた。二人ともそれを押しのけようとしたが、だめだった。オリヴィエはたいへん優しかったけれど、彼のうちには何か変わったものがあった。クリストフはそれを感じた。結婚した友はいかにつとめても、もはや昔どおりの友ではない。男の魂にはもうかならず女の魂が交じっている。クリストフはオリヴィエのうちの至るところ、眼つきのとらえがたい輝きのうちに、見覚えのない唇《くちびる》の軽い皺《しわ》のうちに、声や思想の新しい抑揚のうちに、女の魂を嗅《か》ぎ取った。オリヴィエはそれにみずから気づいていなかった
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