二時間もぶらぶらしたのであって、ヘヒトの家での面会時間をも忘れ、朝じゅう無駄にしてしまったことを見てとった。みずから笑い出して、口笛を吹きながら帰りかけた。商人の呼び売りの声に基づいてカノンのロンド[#「ロンド」に傍点]を吹いた。悲しい旋律《メロディー》も彼のうちでは喜びの調子となった。同じ町内の洗濯《せんたく》屋の前を通りかかると、いつものとおり、店の中をじろりと横目で見やった。色|艶《つや》のない火にほてった赤毛の小娘が、その痩《や》せ細った両腕を肩の近くまで裸にし、胸衣をくつろげて、火熨斗《ひのし》をかけていた。彼女はいつものとおり厚かましい色目を使ってみせた。その眼つきが彼の眼に出会っても、彼は初めていらだたなかった。彼はなお笑った。自分の室にもどったが、今まで気がかりだった事柄も何一つ眼に留まらなかった。帽子や上衣や胴衣《チョッキ》を左右に投げ出して、世界を征服するような元気で仕事にかかった。あちらこちらに散らかってる音楽の草稿を取り上げた。が心はそこになかった。ただ眼で読んでるばかりだった。数分間たつと、頭がぼんやりして、リュクサンブールの園にいたときと同じく、楽しい夢心地
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