ぐんだ。
 クリストフはなおちょっと彼を見守った。それから黙って微笑《ほほえ》みかけた。そして帰っていった。

 彼は輝かしい心で階段を降りていった。二人のごくきたない小僧が、一人はパンをもち一人は油|壜《びん》をもって上がってくるのにすれ違った。彼はその二人の頬辺《ほっぺた》を馴《な》れ馴れしくつねってやった。顔渋めてる門番に微笑みかけた。街路に出ると、小声で歌いながら歩いた。リュクサンブールの園へはいった。木陰のベンチに身を横たえて眼をつむった。空気は静まり返っていた。散歩の人もあまりなかった。噴水の不同な響きや、ときどき砂の上の足音などが、ごく弱く聞こえていた。クリストフは堪えがたい懶《ものう》さを感じて、日向《ひなた》の蜥蜴《とかげ》みたいにうっとりとしていた。木影はもうとくに彼の顔から離れていた。しかし彼は思い切って身を動かしかねた。種々の考えがぐるぐる回っていた。が彼はそれを一つ所に定めようとしなかった。どの考えも皆楽しい光のうちに浸っていた。リュクサンブールの大時計が鳴った。彼はそれに耳を貸さなかった。がすぐそのあとで、十二時を打ったのだという気がした。彼は飛び上がった。
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