かひいてくれませんか。」
オリヴィエは飛び上がった。
「私が!」と彼は言った。「とんでもないことです!」
「ルーサン夫人の言葉によると、君はりっぱな音楽家だそうです。ねえ、ひいてくれたまえ。」
「あなたの前で?」と彼は言った。「それこそ寿命が縮まってしまいます。」
その心から出た率直な叫び声に、クリストフは笑い出し、オリヴィエ自身も多少当惑しながら笑った。
「いったいそんなことが、」とクリストフは言った、「フランス人にとっちゃ口実となるんですか。」
オリヴィエはなお拒みつづけた。
「でもなぜです? なぜ私にひかせようとなさるんです?」
「それはあとで言うから、ひいてくれたまえ。」
「何をひくんですか。」
「なんでも君の好きなものを。」
オリヴィエは溜息《ためいき》をもらし、ピアノのところへ行ってすわり、自分を選んだ一徹な友の意志に服従して、しばらくぐずついたあとに、モーツァルトの美しいロ短調アダジオ[#「ロ短調アダジオ」に傍点]をひき始めた。初めのうちは、指が震えて鍵《キー》を打つ力もなかった。それからしだいに元気が出て来た。モーツァルトの言葉を繰り返してるだけだと思いながら、
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