げ終わり]
を歌っていた。そして人類が、
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慴《おび》え吠《ほ》えつつ悲しげに訴えつつ
不毛の暗き畑中を回りに回る
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その一方に、また、幾百万の人々が、血にまみれた自由の破片を、懸命に争って奪い合ってる、その一方に、泉と森とはくり返し歌っていた。
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「自由よ!……自由よ!……聖なるかな、聖なるかな……。」
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けれどもそれらは、利己的な平安の夢に眠ってるのではなかった。詩人らの心の中には、悲壮な声が欠けてはいなかった。自負の声、愛の声、苦悶《くもん》の声、などが交じっていた。
それは
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猛《たけ》き力か深き柔和かを持てる
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酔い狂う※[#「風にょう+炎」、第4水準2−92−35]風《ひょうふう》であった。騒然たる武力であった。群集の熱を歌う人々の幻惑せる叙事詩であった。未来の都市[#「都市」に傍点]を鍛え出す、
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大なる火炉と巨《おおい》なる鉄敷《かなしき》との周囲
闇靄《やみもや》の中に浮かべる漆黒《しっこく》に光る顔、
つと伸び縮みする筋肉《にく》逞《たくま》しき背……
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などの人間神ら、息を切らしてる労働者ら、彼らの間における争闘であった。
それは、「知性の氷塊」の上に落ちかかる黒光りの明るみの中における、絶望的な狂喜をもってみずからおのれをさいなんでる、孤独な魂たちの悲壮な苦悶であった。
そういう理想主義者らの多くの特質は、一ドイツ人にとっては、フランス的というよりもいっそうドイツ的であるように思われた。しかしながら、だれも皆「フランスの微妙な説話」を愛していたし、ギリシャ神話の養液が彼らの詩のうちに流れていた。フランスの風景と日常の生活とは、ある人知れぬ魔力によって、彼らの瞳《ひとみ》の中ではアッチカの幻影となっていた。あたかもそれら二十世紀のフランス人らのうちに、古代の魂が残存してるかのようであり、その魂は美しい裸体にふたたびもどるため、近代の破れ衣を脱ぎ捨てたがってるかのようだった。
かかる詩の全体からは、ヨーロッパ以外ではどこにも見出し得られない、数世紀間に成熟した豊富な文明の香《かお》りが発散していた。一度|嗅《か》げばもはや忘れることのできない香りだった。世界各国の芸術家らがそれにひきつけられていた。そして彼らはフランスの詩人に、徹頭徹尾フランスの詩人になっていた。それらのアングロ・サクソン人、フラマン人、ギリシャ人などこそ、フランスの古典芸術が有するもっとも熱烈な徒弟であった。
クリストフはオリヴィエに案内されて、フランス詩神の沈思的な美をしみじみと感じさせられた。それでも心の底では、彼の趣味にとってはやや理知的すぎるその貴族的な人柄よりも、単純で健全で頑丈《がんじょう》で、それほど理屈ぽくなくてただ愛してくれる、美しい平民の娘のほうが、やはり好ましいのだった。
同様な美の香り[#「美の香り」に傍点]は、熟した苺《いちご》の香りが日に暖まった秋の森から立ちのぼるように、フランスのあらゆる芸術から立ちのぼっていた。草の中に隠れてるそれらの小さな苺の木の一つとしては、音楽があった。クリストフは自国において、まったく別な茂り方をしてる音楽の草むらに、いつも慣れていたので、最初はこの苺の木に気づかずに通り過ぎた。しかし今や彼は、その美妙な香りに振り向かせられた。音楽の名を僭《せん》してる茨《いばら》や枯れ葉の中に、少数の音楽家らの素朴なしかも精練された芸術を、彼はオリヴィエに助けられて見出した。民主主義の野菜畑や工場の煙の間に、サン・ドニーの野の中央に、神聖な小さな森の中に、あたりはばからぬ牧神たちが踊っていた。クリストフは驚いて、その諷刺《ふうし》的な朗らかな笛の歌に耳傾けた。彼がこれまで聞いた歌とは似てもつかぬものだった。
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細い小川で事足りぬ、
高い草、広い牧場、
またはやさしい柳の並木、
同じく歌う川の流れ、
それらを戦《そよ》がせんために。
蘆《あし》の小笛で事足りぬ、
森をも歌わせんために……。
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それらのピアノの小曲や小唄《こうた》に、フランスの室内音楽に、ドイツの芸術は一|瞥《べつ》も注ごうとしなかったし、クリストフ自身もその詩的妙技をこれまで閑却していたのであるが、その懶惰《らんだ》な優美さと表面の享楽主義との下に、クリストフはフランスの音楽家らが自己の芸術の未墾地の中に、未来を豊富ならしむるべき萌芽《ほうが》を捜し求めてる、革新の熱と焦慮とを、見出し始めたのだった。それはラインの彼方《かなた》には見られないことだった。ドイツの
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