った。
詩人たち――この美しい名称は、新聞雑誌やもろもろの学芸院などによって、虚名と金銭とに飢えた饒舌《じょうぜつ》家どもにやたらに与えられているが、それに真に価する唯一の人たち――その詩人たちは、事物の外皮を切り裂くことができずにただかじってばかりいる、破廉恥な修辞法と賤《いや》しい写実主義とを軽蔑《けいべつ》して、魂の中心に立てこもり、形態と思想との世界が、あたかも湖水に落ちる急湍《きゅうたん》のように吸い込まれて、内的生活の色に染められる、神秘な幻像のうちに立てこもっていた。世界を改造せんために自己のうちに閉じこもるそういう理想主義は、あまりに固執的だったので、一般の者には近づきにくかった。クリストフでさえ初めはそれを理解しなかった。「広場の市」のあとで、あまりにその接触が唐突《とうとつ》だった。猛烈な争闘と生々《なまなま》しい光とから出て、沈黙と暗夜との中にはいったようなものだった。耳が鳴り響いていた。もう何にも見えなかった。彼は生を熱愛していたので、初めのうちはその対照が不快だった。フランスをくつがえし人類をゆるがす熱情の急流が、外部には怒号していた。そしてちょっと見ただけでは、芸術の中にはそういうものが少しも現われていなかった。クリストフはオリヴィエに尋ねた。
「君の国の人たちは、ドレフュース事件によって、星の世界までもち上げられ、また深淵《しんえん》の中に投げ込まれたじゃないか。そういう暴風が心中を吹き過ぎたような詩人は、どこにいるのか。目下宗教的な人々の魂の中には、教会の権力と良心の権利との間に、数世紀来のもっとも激しい戦いが行なわれてるじゃないか。その神聖な苦悩が心中に反映してるような詩人は、どこにいるのか。労働者階級は争闘の準備をし、幾多の国民は死滅し、幾多の国民は復活し、アルメニア人は虐殺され、アジアは千年の眠りから覚めて、ヨーロッパの鍵鑰《けんやく》たる巨大なるロシアを倒し、トルコはアダムのように白日の光に眼を開き、空中は人間から征服され、古い大地はわれわれの足下に割れて口を開き、一民衆をことごとく呑噬《どんぜい》している……。それらの異変はすべて二十年間のうちに行なわれ、幾多のイーリアス[#「イーリアス」に傍点]をこしらえ出すだけの材料がある。ところがそのイーリアス[#「イーリアス」に傍点]はどこにあるのか、君の国の詩人らの書物の中にイーリアス[#「イーリアス」に傍点]のごとき熱火の跡がどこにあるのか。詩人らにだけは世界の詩が見えないのか。」
「まあ急《せ》くなよ、君、急《せ》くなよ!」とオリヴィエは彼に答えた。「黙って、口をきかないで、耳を傾けてみたまえ……。」
しだいに、世界の心棒のきしる音が消え、舗石の上に響く実行の重い車のとどろきが、遠くに消え去っていった。そして、静寂の崇高な歌が起こってきた。
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蜜蜂の羽音、菩提樹《ぼだいじゅ》の香り……。
黄金《こがね》の唇《くち》もて野面《のづら》を掠《かす》むる
風……。
薔薇《ばら》の香《か》こめしやさしき雨音。
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詩人らの槌《つち》の音が聞こえてきた。それは花瓶《かびん》の側面に種々のものを彫りつけていた。
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いとも素朴《そぼく》なるものの高き品位。
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または、
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黄金の笛と黒檀《こくたん》の笛とを持てる
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真面目《まじめ》な快活な生活。または、
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如何《いか》なる影をも明るしとなす……
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という魂たちから湧《わ》き出る信仰の泉、敬虔《けいけん》な喜び。または、
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世の常ならぬ光を放てる
気高き顔もて……
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人をなだめ微笑《ほほえ》みかける、よき悲しみ。または、
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やさしき眼をば見開ける静けき死。
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それは清浄な声々の交響曲《シンフォニー》であった。コルネイユやユーゴーなどのような民衆的らっぱほどの響きをもってる声は一つもなかった。しかしその演奏はそれよりもいかに探さと色合いとに富んでいたことだろう! それこそ現在のヨーロッパじゅうでのもっとも豊かな音楽だった。
オリヴィエは黙然としてるクリストフに言った。
「もうわかったろうね?」
こんどはクリストフのほうから黙っていてくれとの様子をした。彼はもっと男々《おお》しい音楽のほうを好んではいたけれども、聞こえてくるその魂の森と泉とのささやきに恍惚《こうこつ》となっていた。その森と泉とは、諸民衆の一時的な争闘の間で、世界の永遠の若さを、
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美の温良さ
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