ゴチック芸術や十七世紀文化や革命によって世界を風靡《ふうび》した民衆、それをどうして誹謗《ひぼう》し得られよう! 幾度も熱火の試練を受け、鍛えに鍛えられ、かつて死滅せず、そのたびごとによみがえった民衆だ……。――君たちは皆そうなんだ。フランスに来る君の国の人たちが見るものは、われわれをかじってる寄生虫、文学政治財政の投機師、およびその用達人《ようたしにん》や顧客や情婦などばかりだ。そしては、フランスを蚕食《さんしょく》してるそれらの下賤《げせん》な奴らによって、フランスを批判している。迫害されてる真のフランス、フランスの田舎《いなか》にたくわえられてる活力、一時の主長者どもの喧騒《けんそう》には無関係で、ひたすら働いてる民衆、それに思いをはする者は君たちのうちに一人もない……。そうだ、君たちがそれを知らないのは当然すぎることだ。僕は君たちをとがめはしない。君たちにどうしてそれが知られよう? フランス人でさえフランスをよく知ってはいない。われわれのうちの優良な人々は、自分の国土において封鎖されとらわれてるのだ……。われわれがいかに苦しんだかは、だれもついに知り得ないだろう。われわれは民族的才能に執着して、それから受けた光明を、神聖な委託物として自分のうちに納め、それを消そうと努める害悪な息吹《いぶ》きに反抗して、必死に守っているのだ――異人種どもの腐爛《ふらん》した雰囲気《ふんいき》を周囲に感じながら、常に孤独であって、彼らから蠅《はえ》の群れのように思想によりたかられ、その忌まわしい蛆虫《うじむし》から理性をかじられ心を汚されているのだ――われわれを保護すべき役目をもってる人々から、指導者たる立場の人々から、下劣卑屈な批評家たちから、われわれはいつも裏切られており、彼らはわれわれと同人種であることを許されんために、敵に諛《へつら》ってばかりいるのだ――民衆からわれわれは見捨てられていて、民衆はわれわれのことを気にも留めず、われわれのことを知りさえもしないのだ……。民衆から知られるいかなる方法をわれわれはもっていよう? われわれは民衆まで達することができないのだ……。ああ、これがもっともつらいことなんだ! われわれと同じ考えをもってる者がフランスには無数にいることもわかっているし、われわれは彼らの代弁をしてるのだということもわかっているけれども、しかもわれわれは自分の言を人に聞かせることができないのだ! 新聞も雑誌も芝居も皆ことごとく敵の手中にある……。印刷機関はすべて思想物を避け、快楽の道具か党派の武器としてしか思想を認めない。いかなる団体も倶楽部《クラブ》も、われわれが堕落しなければ通してはくれない。困窮と極度の勉励とのためにわれわれは圧倒されてるのだ。政治家らは富むことばかりを考えていて、買収し得る無産階級にしか興味を寄せない。有産階級の者らは冷淡で利己主義であって、われわれが死ぬるのを傍観している。わが民衆はわれわれのことを知っていない。われわれと同じく戦いわれわれと同じく沈黙に包まれてる人々でさえ、われわれの存在を知らないでいるし、われわれもまた彼らの存在を知らない……。災いなるパリーなるかなだ! もちろんパリーは、フランス思想のあらゆる力を集合しながら役にもたった。しかしパリーがなした悪は少なくともその善に匹敵し得る。そして現在のような時代にあっては、善でさえも悪に変化してゆく。似而非《えせ》優秀者らが、一度パリーを奪って言論のらっぱの口をふさいだだけで、フランスの残りの声もみな抑圧されてしまう。のみならず、フランス自身もそのために身を誤っている。フランスは恐れて口をつぐみ、自分のうちにその思想を恐る恐る引っ込めてしまっている……。僕は昔それらのことをひどく苦しんだ。しかしクリストフ、僕はもう今では落ち着いている。僕は自分の力を悟り、わが民衆の力を悟った。洪水が通り過ぎるのを待ちさえすればよい。洪水もフランスの美《うる》わしい花崗岩《かこうがん》を浸食しはしないだろう。流されてきた泥《どろ》をかきわけて、僕は君にその花崗岩をさわらしてあげよう。そしてもうすでにここかしこに、その高い岩の頭がのぞき出している……。」
クリストフは、彼と同時代のフランスの詩人や音楽家や学者などを活気だたせてる、理想主義の巨大な力を見出した。一時的大家らが、露骨な肉感主義の騒々しさで、フランス思想の声を押っかぶせてる一方に、あまりに貴族的なフランス思想は、そういう下賤な徒輩の傲岸《ごうがん》な叫び声と暴力的な戦いをなすのを好まないで、ただその熱烈な専心的な歌を、自分のためと自分の神のためとに歌いつづけていた。そして外界の厭《いや》な喧騒《けんそう》を避けたがって、もっとも奥深い隠れ場所の中に、自分の城楼の中心に、引っ込んでるかの観さえあ
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