発見すると、彼はびっくりさせられた。彼はまだその事柄を友と語り合ったことがなかった。それほど彼は二人とも同意見であると思い込んでいた。ところが今や、その誠実と自由な知力とは彼にもよくわかってるオリヴィエが、偉大な民衆はかかる罪悪にたいする復讐《ふくしゅう》を思い切ることもできるけれど、それでは体面を傷つけるわけになるのだということを、熱情もなく憤激もなくただ深い悲しみをもって、彼に言うのであった。
 二人は理解し合うのになかなか困難だった。オリヴィエは、ラテンの土地としてアルザスを要求するフランスの権利について、歴史上の理由をもち出したが、それはクリストフになんの印象も与えなかった。その反対を証明する同じくらいに有力な理由も存在していた。およそ歴史というものは、勝手な主張のために必要なあらゆる理論を政治に供給してくれるのである。――けれど、この問題の単にフランス的方面ではなく人間的方面については、クリストフははるかに多く心を打たれた。アルザスの人々はドイツ人であったかなかったか、それは問題とならなかった。彼らはドイツ人たることを欲していなかった。そしてそれこそ重きをなす唯一の事柄だった。「この民衆は俺《おれ》のものだ、なぜなら俺の兄弟だから、」と言う権利をだれがもってるものぞ。もしその兄弟がそのことを否認するならば、たとい非常に不当な否認であろうとも、その不当さはみな、自分を愛させることができなかった者の上に、したがって自分の運命に彼らを結びつけるなんらの権利もない者の上に、落ちかかってくるのである。アルザスの人々は、四十年の間、種々の暴虐を受け、あるいは苛酷《かこく》にあるいは隠密にいじめつけられ、また、ドイツの正確な賢い統治によって実際利するところさえあったがなお、ドイツ人となることを望んでいなかった。そして、彼らの意志が疲れてついに譲歩するに及んでも、数時代の人々の苦しみ――生まれた土地から亡命することを余儀なくされ、もしくは、さらに痛ましいことには、その土地から離れることができずに、そこで忌まわしい覊絆《きはん》を、国が奪われ人民が隷属させられることを、甘受しなければならなかった、数時代の人々の苦しみ、それは何物にも消されることができなかった。
 クリストフは、問題のそういう方面をかつて考えてもみなかったことを、率直にうち明けて言った。彼はそのことから心を動かされていた。正直なドイツ人は、いかに真摯《しんし》なラテン人といえどもその熱烈な自尊心のためにもち合わしていないある誠実さを、議論に差し入れてくるものである。クリストフは、歴史の各時代に各国民がなしている同様な罪悪の実例を、あえてもち出そうとは考えなかった。そういう恥ずかしい弁解をなすにはあまりに傲慢《ごうまん》だった。人類が向上すればするほど、その罪悪はますます光明に照らされるゆえにますます嫌悪《けんお》すべきものとなることを、彼は知っていた。しかしながら、もしフランスのほうが勝利を得た暁には、フランスはドイツと同様に勝利のうちに自制することなく、罪悪の鎖になお一個の環を加えるであろうということをも、彼は知っていた。かくて、悲しむべき争闘は永久につづいて、ヨーロッパ文明の最善のものが破滅し終わる恐れがあるだろう。
 この間題はクリストフにとって苦しいものではあったが、オリヴィエにとってはさらにいっそう苦しいものだった。それは、もっとも結合しやすい両国民間の兄弟|相鬩《そうげき》的な争闘の悲しみ、というだけではまだ十分でなかった。フランス自身のうちにおいて、国民の一部は他の一部と戦いの用意をしていた。数年来、平和主義的な反軍国主義的な理論が、国民のもっとも高尚な分子ともっとも卑賤《ひせん》な分子とによって宣伝されて、しだいに広がっていた。国家はそれを長い間放任していた。およそ政治家らの利害に直接関係のない事柄はみな、懶惰《らんだ》な道楽趣味から放任しておいたのである。そして、もっとも危険な理論が国民の血脈中に流れ込んで、準備されてる戦争をそこで根絶やそうとしてるのを、打ち捨てておくことよりも、その理論を直截《ちょくせつ》に支持することのほうが、危険の度は少ないだろうということを、少しも考えてはいなかった。その理論は、いっそう正しいいっそう人間的な世界を目ざして協力しながら、親睦《しんぼく》なヨーロッパを打ち建てんと夢想してる、自由な知力の人々に話しかけていた。それからまた、だれのためにもなんのためにもわずかな危険さえ冒したがらない、下劣な人々の卑怯《ひきょう》な利己心へも話しかけていた。――その思想は、オリヴィエや多くの友だちにも伝わっていた。クリストフは家の中で、一、二度、人々の会談を聞いて呆然《ぼうぜん》としてしまった。人のよいモークは、人道主義的な空想でい
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