uもし君たちが、こんなに骨折ってなんの役にたつかを、闘ってなんの役にたつかを、なんの役にたつか[#「なんの役にたつか」に傍点]ということを、みずから怪しむならば……よく覚えておくがいい……それは、フランスが死にかかってるからであり、ヨーロッパが死にかかってるからであり――わが文明が、千年余の苦悩によって人類が築き上げた驚嘆すべき作品が、もしわれわれが闘わなかったならば覆滅する恐れがあるからである。祖国が危険に瀕《ひん》しているのだ。わが祖国ヨーロッパが――なかんずく君たちの小なる祖国フランスが、危険に瀕している。君たちの無情無感がそれを殺すのだ。君たちの元気が消滅するにつれ、君たちの思想が諦《あきら》めにはいるにつれ、君たちの誠意が働きを止めるにつれ、君たちの血が無駄に一滴ずつ涸《か》れてゆくにつれて、祖国は死んでゆくのだ……。奮起したまえ。生きなくてはいけない。もしくは、死ななければならないとすれば、立ちながら死ぬべきである。」
しかし、彼らを活動に導くことよりも、彼らをいっしょに活動させることのほうが、なおいっそう困難だった。この点では彼らはまったく手におえなかった。彼らはたがいに不平を言い合っていた。りっぱな人たちほど頑固《がんこ》だった。クリストフは同じ家の中にその実例を見出した。フェリックス・ヴェール氏と技師エルスベルゼと少佐シャブランとは、暗黙な敵意をたがいにいだいていた。それでも、彼らはその党派や種族の異なった作法のもとにありながら、みな同じものを望んでるのだった。
ヴェール氏と少佐との間には、ことに理解し合える多くの理由があるようだった。ヴェール氏は書物を手放したことがなく精神生活のうちにばかり生きていたので、思想を事とする人々のうちによく見かける一種の矛盾から、軍事上の事柄をたいへん面白がっていた。「われわれはみな断片でできている[#「われわれはみな断片でできている」に傍点]、」と半ばユダヤ人のモンテーニュは、ヴェール氏が属してるような精神上のある種族についてのみ真実であることを、万人に適用して言っている。この知的な老人ヴェール氏は、ナポレオンを崇拝していた。大帝の偉業の花やかな夢想がよみがえってる文書や記念物に取り囲まれていた。この時代の多くのフランス人と同じく、その栄光の太陽の遠い光に眩惑《げんわく》されていた。その戦役をやり直し、戦いを交え、作戦を議していた。オーステルリッツの戦いを説明しワーテルローの戦いを訂正する室内戦略家が、もろもろの学芸院や大学などにはたくさんいるが、彼もその一人だった。彼はそういう「ナポレオン派」をまっ先にあざけって、自分の皮肉をみずから面白がってはいたけれど、それでもなおやはり、遊びにふけってる子供のように、ナポレオンの素敵な話に酔わされていた。ある種の逸話になると眼に涙まで浮かべた。その気弱さに気づくときには、ばかな老耄《おいぼれ》だとみずから叫んで笑いこけた。実を言えば、彼をナポレオン崇拝者たらしめてるものは、その愛国心よりもむしろ、活動にたいする小説的な興味と精神的な愛好とであった。と言っても、彼はりっぱな愛国者であって、生粋《きっすい》のフランス人の多くよりもいっそう深くフランスに愛着していたのである。いったいフランスの反ユダヤ主義者らはフランスに住んでるユダヤ人らのフランス感情を、不当な猜疑《さいぎ》心でくじきながら、よからぬ馬鹿げたことをなしている。けれども、あらゆる家族は一、二代の後になると、定住した土地にかならず執着するものである、という理由をほかにしても、ユダヤ人らは、知性の自由についてもっとも進歩した観念を西欧において代表してるこのフランス民衆を愛すべき、特殊な理由をもっている。彼らは百年来、フランス民族を今日のごとくあらしむるのに貢献し、その自由はある点まで彼らの手になされたものであるだけに、ますます彼らはフランス民族を愛している。なんで彼らが、あらゆる封建的反動の威嚇《いかく》に対抗してその自由を守らないことがあろうぞ。この養い児のフランス人とも言うべきユダヤ人らをフランスに結びつけてる糸を――一群の有害な馬鹿者どもが望んでるように――断ち切ってしまおうとすることは、敵に加担することである。
フランスの浅慮な愛国者らは、フランスに移住してる他国人はすべて隠れたる敵だという新聞紙の説に脅かされて、生まれつき歓待的な精神をもっていながらも、諸民族の会流たるユダヤ民族の豊かな運命を疑い憎み否定せざるを得ないのであるが、シャブラン少佐もその一人だった。それで彼は、二階の借家人と近づきになってもよかったのであるが、やはり未知のままでいるほうがよいと思っていた。ヴェール氏のほうでは、少佐と話を交えることを好んでいたけれど、少佐の国民主義を知っていて、軽い軽
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