きしめられるとりっぱにしてる。しかし向こうが支配する場合には、女にしてもユダヤ人にしても、とてもたまらないことになる。その下に服従する者どもは、それこそ物笑いの種である。」
クリストフとオリヴィエとは、たがいに愛し合ってはいたけれど、また愛のためにたがいの魂にたいする直覚力を得てはいたけれど、それでも、おたがいによく理解のできない、おたがいに気を悪くさえするような、いろんなことが存在していた。友にもっとも似寄った自分の部分だけを存続させようと努力する友情の初期のうちは、二人ともそのことに気づかなかった。ところがやがて少しずつ、両民族の面影が表面に浮かび出てきた。二人はときどき気持の些細《ささい》な齟齬《そご》を感じ、たがいの愛情をもってしてもそれを避けることができなかった。
二人は誤解のうちに迷い込んだ。オリヴィエの精神は、信念と自由と熱情と皮肉と普遍的疑惑との混合したもので、クリストフはその形体をとらえ得なかった。オリヴィエのほうでは、クリストフの心理の欠乏に不満だった。彼の知的な古い民族の貴族性は、クリストフの、強健ではあるが鈍重で融通がきかず、自己分析ができず、他人からも自分からも欺かれてる精神の、頓馬《とんま》さ加減を笑っていた。その感傷性、騒々しい感情表白、たやすい感動、などもまたオリヴィエに、ときとすると厭《いや》な気を起こさしたり、軽い滑稽《こっけい》の念をさえ起こさせることがあった。そのうえ、力にたいするある種の崇拝については、すぐれた拳固《げんこ》道徳、もっとも強きものの権利[#「もっとも強きものの権利」に傍点]にたいするドイツ流の確信については、オリヴィエや彼の民衆は、それを信じ得られないりっぱな理由をもっていた。
また、クリストフはオリヴィエの皮肉にしばしば立腹するほどいらだたせられて、それに我慢ができなかった。その理屈癖、不断の分析、ある一種の知的不道徳性、などにも我慢ができなかった。この知的不道徳性は、オリヴィエのごとく道徳的純潔を熱望してる者にあっては驚くべき事柄であった。その源は、あらゆる否定を拒む彼の知力、相反する思想を見渡して喜ぶ彼の知力、その知力自身の広さのうちにあった。オリヴィエは事物を、一種歴史的な全景《パノラマ》的な見地からながめていた。すべてを理解したいとの念から、可否の両面を同時に見ていた。人が彼の前でその一方を支持すれば、彼は反対のほうを支持した。ついには彼自身がその矛盾のうちに迷い込んでしまった。そしてなおいっそうクリストフを途方にくれさした。けれども、人に反対したいという欲求や矛盾を好む傾向が、彼のうちにあるのではなかった。正理や良識を求むるところから必然に来たものだった。彼はあらゆる偏執の愚昧《ぐまい》さに不快を感じ、それに反抗しずにはいられなかった。クリストフがすべてを実際以上に誇張して、不道徳な行為や人物を批判する生《なま》なやり方は、オリヴィエには不愉快だった。オリヴィエも同じく純粋ではあったが、同じ一徹な鋼鉄からできてはいなくて、外部の影響にそそられ染められ動かされた。彼はクリストフの誇張に抗言し、そして反対の方面へ誇張した。彼はいつもそういう精神の癖から、味方に反対して敵の主張を支持しがちだった。クリストフは腹をたてた。彼はオリヴィエにその詭弁《きべん》と寛容を非難した。オリヴィエは微笑した。その寛容は空《うつろ》な幻をまとってるものでないことを、よく知っていた。クリストフのほうがはるかに多くのことを信じており、それをよりよく受け入れてることを、彼はよく知っていた。ただクリストフは、左右を顧みず猪突《ちょとつ》していた。パリー人の「温情」をことにいらだっていた。
「パリー人らがあんなに自慢そうに大議論をして、悪人どもを『容赦』しようとするのは、それは、」と彼は言った、「悪人どもはすでに悪人となるほど不幸であり、もしくは、彼ら自身には責任がないのである、と考えての上のことだ……。しかし、第一に、悪をなす者どもが不幸であるとは真実でない。そんなのは、芝居の上の道徳観念であり、幼稚な通俗劇の観念であり、スクリーブやカプュスの作品中に陳列されてるのと同様のばかげた楽天的観念である――(君らのパリーの偉人たるスクリーブやカプュスこそ、享楽的で偽善的で幼稚で自分の醜を正視し得ないほど卑怯《ひきょう》な君らの中流社会に、ちょうどふさわしい芸術家だ。)――悪人たる者はよく幸福な人間になり得るのだ。幸福な人間になるべき機縁をもっとも多くそなえていさえする。そして悪人に責任がないということ、それもまた馬鹿げたことだ。自然は善と悪とに無関心であるから、またしたがって邪悪でさえもあり得るから、人はよく罪深くあるとともに完全に健全であり得るということを、認めるだけの勇気をもつがい
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