つもりで――なかなか実現できないことは自分でもわかっていたが、いつもりっぱな倹約の計画をたてていた。そしては金を残し得ないことをみずから笑っていた。アルノーは自分で自分を慰めた。愛妻と、それから研究と内心の喜びとの生活だけで、彼には十分だった。細君もそれで十分ではなかったろうか?――十分だと彼女は言っていた。多少彼女の上にも及んできて生活を輝かし安楽をもたらすようなある名声を、もし夫がもち得たらうれしいだろうということを、彼女は言い得なかった。内心の喜びはりっぱなものではある。しかし外部の多少の栄光も、時にはきわめてうれしいものだ!……しかし彼女は内気だったので何にも言わなかった。そのうえ、彼がもし名声を得ようと欲しても果たして得られるかどうかわからないことを、彼女はよく知っていた。今からではもう時期遅れだ!……彼らのもっとも残念なのは子供のないことだった。それを彼らはたがいに隠していた。そしてたがいにますます愛情深くなっていた。憐《あわ》れにもたがいに相手の許しを求めてるがようなものだった。アルノー夫人は親切で情愛に厚かった。エルスベルゼ夫人とも喜んで交際したに違いない。しかしまだなし得ないでいた、向こうからその気を見せてくれなかったので。クリストフにたいしては、夫妻とも近づきになりたがっていた。遠くに聞こえる彼の音楽に魅せられていた。しかしこちらから進み出てゆくことはどうしてもできなかった。彼らにはそれがぶしつけのように思われたのである。
二階は、フェリックス・ヴェール夫妻が全部占領していた。富裕なユダヤ人で、子供がなく、一年の半分はパリー付近の田舎《いなか》で過ごしていた。この家に二十年来住んでいた――(もっと財産相当の部屋を見つけるのは容易だったろうが、昔からの習慣でやはりそこにいたのである)――けれど、いつも通りがかりの他国者らしい様子をしていた。隣の人たちへかつて言葉をかけたことがなく、いつまでも最初やって来たときと同じようにあまり人から知られていなかった。しかしそのために、人からかれこれ言われないという訳にはゆかなかった。否その反対だった。彼らは人から好かれていなかった。そしてもちろん、人から好かれようともしなかった。それでも彼らはもっとよく知られてよいだけの価値をもっていた。夫妻ともすぐれた人たちでりっぱな知力をそなえていた。夫は六十歳ばかりにな
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