サうであった。彼は文学をやるつもりだった。しかし自説にのみ凝り固まってる兄は、彼をもやはり科学の方面にはいらせたかった。アンドレは悧発《りはつ》であって、科学に――または文学に――同じくらいかなりの天分をもっていた。芸術家たるには十分の自信がなかったけれど、中流者たるにはあまりに多くの自信があった。で彼は初め一時的に――(この一時的という言葉がいかなる事を意味するかは人の知るとおりである)――兄の意志に従った。彼は大してよくない成績で工芸中央学校にはいり、同じくらいの成績で卒業し、それからは本気でしかしなんの興味ももたずに、技師の職についていた。もとよりその間に、わずかの芸術家的気質をもっていたのをも失ってしまった。で彼はもう皮肉をもってしか芸術のことを語らなかった。
「それにまた、人生というものは、やりそこねた職業のために気をもむにも値しないものです。くだらない詩人なんかあってもなくても同じことです……。」と彼は言っていた。――(クリストフはそういう理屈のなかに、オリヴィエ流の悲観思想を見てとった。)
 二人の兄弟は愛し合っていた。彼らは同じ気質をもっていた。しかし話が合わなかった。二人ともドレフュース派であった。しかしアンドレは、産業革命主義にひきつけられて、非軍国主義者であった。そしてエリーは愛国者であった。
 アンドレは時とすると、兄に会いに行かずにクリストフだけを訪れてきた。クリストフはそれに驚いた。なぜなら、彼とアンドレとの間には大なる同感は存しなかったから。アンドレはたいていだれかもしくは何事かにたいする不平ばかりを述べた――それはうるさいことだった。そしてクリストフが口をきくときには、アンドレのほうでよく聞いていなかった。それでクリストフはもう、彼から訪問されるのをつまらないと思ってる様子を隠そうとしなかった。しかし彼はそんなことにはいっこう平気だった。気づいてもいないらしかった。がついにある日、クリストフの疑問は解けた。相手が窓にもたれて、こちらの話によりも下の庭の様子に多く気をとられてるのが、彼にもわかった。彼はそれを言ってやった。するとアンドレは、実際シャブラン嬢を知ってることや、クリストフを訪問してくる理由のうちには彼女がはいってることなどを、すぐに承認してしまった。それから舌がほどけて、昔からの友情を、おそらくは友情以上のものを、その若い娘
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