ヘ、ことに彼の細君にとっては、一生のしかかってきてあらゆる行動を束縛する任意的な鎖だった。人は子供をもったときから、その個人的生活は終わりを告げて、自己の発展は永久に止めらるべきものである、とでも言うかのようだった。この活動的な怜悧なまだ若い男は、隠退するまでに残ってる働くべき年月を、ちゃんと数え上げていた。――それらのりっぱな人々は、家庭的愛情の空気のために貧血させられていた。その愛情はフランスにおいてはいかにも深いものだったが、しかしまた人を窒息させるものだった。フランス人の家庭が父と母と一、二人の子供というふうに、ごく少数になる場合に、それはますます圧迫的になるのだった。あたかも一握りの黄金を握りしめてる吝嗇《りんしょく》家のように、戦々|兢々《きょうきょう》として自分だけを守ってる愛情だった。
 ある偶然の事情からクリストフは、セリーヌにますます同情をもつとともに、フランス人の愛情の狭小なこと、生活や自己の権利の主張などを恐れてることを、示されたのであった。
 技師のエルスベルゼに、やはり技師である十歳年下の弟があった。世間によく見かけるとおり、りっぱな中流家庭に生まれて芸術上の志望をもってる好青年だった。そういう人々は、芸術をやりたがってはいるが、その中流的身分を危うくすることを欲しない。実を言えば、それはごく困難な問題ではない。現時の多くの芸術家は容易に解決をつけている。でもとにかくそうしたいという願望だけは必要であって、そしてそれだけのわずかな気力をも万人がもってるというわけにはゆかない。彼らには自分の欲することを欲するというだけの確かさもない。そして彼らの中流的身分が確実になればなるほど、ますますそこに安住して従順に静かになってゆく。彼らがくだらない芸術家とならずに善良な中流者となるとしても、それはとがむべきことではないだろう。しかしその失意からは、ひそかな不満の念が、いかに偉大なる芸術家が僕とともに滅びることぞ[#「いかに偉大なる芸術家が僕とともに滅びることぞ」に傍点]が、たいていは彼らのうちに残ってくる。そしてそれは、とにかく哲学と呼ばれ得るものでどうにか覆《おお》い隠されはするが、歳月に磨《す》り減らされ新しい心配事に紛らされてその古い怨恨《えんこん》の痕《あと》が消されてしまうまでは、彼らの生活を毒するのである。アンドレ・エルスベルゼの場合も
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